12/24公開。小国を忘れない、ということ。『こころに剣士を』


この映画の何がすごいって、実話がベースだということです。エストニアの歴史を知らなくとも、この映画を見れば、あの小国がいかに大国の事情で引き裂かれてきたかを端的に理解できるのですが、そんな状況下で!あの判断!!そしてあの結末!!!事実は小説よりアメージングなお話なのです。
舞台は50年代のエストニア。先日ちょうど『限りなく完璧に近い人々』(マイケル・ブース著)を読みながらフィンランドの歴史を改めて辿っていたのですが、スウェーデンに統治されロシアの脅威にさらされ、戦時中はヒトラーまでやってきて、本当につくづくタフな歴史を切り抜けてきた国なのだなあと感嘆します。しかし、それでもエストニアに比べればだいぶマシだったのだ……と、この映画を見て思うのです。あのロシアに対して、友好・中立を守ったフィンランドのケッコネン大統領って、やはりすごい外交手腕だったのだな、と思うのです。
50年代といえばアメリカではエルヴィスが登場し、ロックンロールが到来した時代。マリリン・モンローやオードリー・ヘップバーンとともにハリウッドは黄金時代を迎え、ファッション界ではディオールが次々に新しいスタイルを打ち出して世間を魅了していた時代。日本だったらカーネーションの糸ちゃんが、ばんばんワンピースを作って周防さんに恋して、バリバリ働いていた頃でしょう。戦後も落ち着いて、誰もが新しい時代の到来にウキウキわくわくしていた。それがエストニアでは、秘密警察が暗躍し、疑わしきは収容所送り。この国の戦後は、ぜんぜん終わっていない。しかも自国のためならいざ知らず、戦時中ドイツ軍についたエストニア兵がロシア側に捕らえられる、そんな理不尽極まりない現実が続いていた。
小国の歴史を見るというのは、こういうことなのだなと思う。エストニアといえば今や雑誌で「可愛い雑貨に会える!」とか「レトロな街並みが素敵」などなど特集が組まれて北欧に迫るほどの人気ぶりですが、1950年代の時点で、この国では戦争が終わっていない。いつ終わるかもわからない。同じ時代の若者がエルビスやオードリー・ヘップバーンに胸ときめかせていた時、エストニアでは「この国の父親は、みんないなくなってしまった」と女性たちが涙を流していたのだ。
そんな闇の時代に、エストニアの子どもたちに希望をもたらした実在のフェンシング選手が本作のモデル。主人公のエンデルは成りゆきで教師になるのだけど、フェンシングを通じて子どもたちに楽しみを与え、未来を夢見る力を与えていく。エンデル先生、成りゆきで教師になっただけあって最初はスパルタすぎて子どもが泣いて逃げ出すほどなんですが、さすがフェンシングへの情熱と技術が半端ないので、あっという間に学校中の子どもに慕われていく。その上で彼が命をかけて下した決断と、その後の誰もが予測できなかった結果は、子どもだけでなく、あの村の大人たちにも、戦争なんて知らない私たちにも勇気を与えてくれる。
子どもたちの可愛さ、純粋さ、そして強さも本作の見どころ。準主役ともいえる子役マルタの、あの相手を射抜くような目ヂカラといったら!フェンシングのスーツを着ている姿はテレタビーズみたいで「そうそうマルタって、まだ少女なのよね」と思い出すのだけれど、彼女の言葉や行動を見ていると、つい子どもだということを忘れそうになる。そして、ああそうだ、子どもらしからぬ態度を身につけざるをえなかった時代なのだと思い出す。ちなみにマルタの妹のティウは、リトル・ミスサンシャインっぽくて、また可愛いです。女子に比べると線の細めな男子達は将来有望なイケメン揃い。解説によるとマルタは本作の前に一度だけ演技経験があったようですが、それ以外の子役はみな演技未経験で臨んでいるそうです。すごい!
エンデルと恋する同僚教師カドリの真知子巻き(死語?)や、子どもたちの服など、当時の装いも地味ながら可愛い。ストールを頭に巻いてその上からベレー帽をかぶっていたりして、ああ、寒い国の人はこうやって帽子をかぶるのねと、寒がりの私は真似してみたくなりました。ちなみに解説を読んだら、あの指のかじかみそうな極寒風シーンは、夏の暑い日に撮影されたそうです。映画ってすごい……見ているこちらまで寒くなりましたもん。あと校長先生が着ているスーツのラペル(背広の襟)が笑っちゃうほど幅広なので、40年代〜50年代のメンズファッション好きな方はチェックしてみてください。
これがもし、ただの作られたストーリーだったらシンプルすぎて物足りないくらいの「よくできたお話」なんです。でも実話がベースだと知り、あの決断の重さが胸に迫ってくる。先が見えない不安定な時代には、つい自分の足元ばかり見てしまうけれど、私たちはもっと知るべきなのだ。歴史の片隅で振り回されてきた、今も振り回されている国や地域や人々について何が起こっているのかを知るべきなのだと、フィンランドのクラウス・ハロ監督は訴える。それを知ることで自分たちも救われるのだと。
最後に映画とはぜんぜん関係ないんですけどエストニアのクラフトビールっておいしいんですよ。ヘルシンキからストックホルムへ移動するシリヤラインの中で飲んだのが、ちょっと驚くほどおいしくて、次回ヘルシンキ来訪の際にはぜひエストニアまでビールを飲みに足を伸ばそうかと考えています。食も、その国を知る道標ですしね。ちなみにフィンランドには前述のケッコネンの名前がついたビールもあります。これもおすすめ。
『こころに剣士を』公式サイト

1件の返信

  1. 2021年3月10日

    […] 4月下旬、エストニアの農務大臣の来日時に開催されたエストニアの四季を味わう食事会「taste Estonia -四季の旅 エストニア」に参加をしてきました。帝国ホテルの一室で開催された会には、大臣と在日エストニア大使、そしてエストニアから来日された食業界の方や、日本の食・旅行関係者が集っていました。 最初にエストニアとはどんな国か、スライドを使って紹介がありました。人口は約130万人。公用語はエストニア語で、他にロシア語、英語、フィンランド語も幅広く使われている。言語的にはフィンランドと近いのですよね。会場でおそらくエストニア語と思われる言葉を耳にしましたが、フィンランド語と発音が似ています(どちらの言語も話せないので雰囲気で言ってますが)。 湖と島が多く、国土の半分は森林に覆われている……どこかで聞いたことあるなあ……そうか、エストニアも森と湖の国だったんですね。IT先進国というのもフィンランドと同じ。Skypeってエストニア生まれなんですね!そうそうヘルシンキの船のターミナルには北欧5ヶ国に加えてエストニアの国旗が掲げられていたな、なんてことも思い出し、やはりフィンランドとは地理的にも、民族や文化的にも近い国なのだなと改めて思いました。 この会で知ったのですが、2017年から国連は公式にバルト3国を従来の東ヨーロッパ分類から北ヨーロッパ分類へ変更すると発表したんですね。エストニア、ついに北欧入り! さて今回のメインテーマ、食について。極寒の冬が長く続き、気候的にもフィンランドと似ているので食文化も共通している部分が多そうです。解説によるとエストニア料理は伝統的にはロシアとドイツ料理の影響を受け、現在はモダンスカンジナビア料理の影響を受けているそう。では実際にいただいたエストニア料理を、北欧料理とも比較しながらご紹介していきましょう。イベントタイトルにあるように、エストニアの四季を表した4皿の料理と、食事に合わせたドリンクを4種類、いただきました。 まずは春をイメージした一皿。黒パンのオープンサンドにのっているのはウナギ!うずらの卵とマヨネーズが添えてあります。ウナギのオープンサンドはデンマークでも定番で、バイキング時代から食されているようですが、バルト海でもよく穫れるそう。春の味なんですね。ドリンクはコッホ(Koch)社のオーガニックウォッカ。やっぱりエストニアでもオープンサンドには強いお酒がかかせないのですね(デンマークではオープンサンドにはアクアビットという蒸留酒がお約束です)。 この黒パンがとてもおいしかった!甘みが強く食感はしっとりとしていて、フィンランドのサーリストレイスレイパ(フィンランドの群島エリア発祥のパン)に近い味です。テーブルでご一緒したエストニア関係の方が「フィンランドのパンよりおいしいですよ」とにこやかに話されていましたが、これは確かにかなりおいしい……。 夏の一皿はジャガイモとカッテージチーズに、キルとよばれる小さな青魚のオイル漬けをトッピング。地味に見えるのですが、ジャガイモが美味でびっくり!北欧でも夏は新じゃがをシンプルな調理法(茹でてディルをのせるだけ、とか)でいただくのですが、素材のおいしさをまっすぐに感じる一皿です。食材は基本的にエストニアから調達したとのことなので、エストニア産じゃがいもなのでしょう。エストニアは北欧同様に乳製品もおいしいらしく、カッテージチーズも名物のひとつだとか。キルは「イワシ」と説明されていましたが、北欧でいうとニシンかな?(北欧のニシンは小さいんです)。合わせるドリンクは白樺の樹液ジュース。これもフィンランドでよく飲まれている味で、結構クセがあって好き嫌いが分かれます(私はちょっと苦手)。 秋の味はジビエ。じつはこの日、料理を日本語へ通訳するのがなかなか難しいらしく、ところどころ説明に苦戦されていたのですが、このお肉は「エストニアでよく食べる大きな鹿」とのこと……それはおそらくヘラジカでは。食べてみた感じもヘラジカ。大麦のリゾットと、2種類のビーツが添えてあります。真っ赤な色濃いビーツと、断面がぐるぐる巻きになっているビーツは北欧でもよく見かける定番の付け合せ。大麦も北欧でなじみのある雑穀です。 そしてドリンクにはクラフトビールが登場……待ってました!私はエストニアのクラフトビールが、ずっと飲みたかったのですよ〜!というのは以前、ヘルシンキーストックホルム間を走るフェリー、シリヤラインの中で飲んだエストニアビールが予想外においしくて忘れられなかったから。その後、情報を探っていたものの辿り着けず……いつかまた飲みたいと秘かに願っていたのです。サク(Saku)社のIPAは苦味もあるけれど、香りがフルーティでぐいぐいいける。肉料理にもよく合います。ラベルもすっきりとしたデザインで素敵です。他のビールもぜひ飲んでみたいぞ……! さて最後の一皿はエストニアの冬をイメージしたデザートです。シーバックソーンのメレンゲにシーバックソーンのソースとパウダー。ドリンクにはシーバックソーンのシュナップス!おお、シーバックソーン祭です。 シーバックソーンとはフィンランドで愛されるベリー(グミ科ですが、フィンランドではベリー類に入ります)で、天然ベリーの中でもとくに栄養価の高い果実。少量でビタミンCやビタミンE、食物繊維がたっぷり補給できるスーパーフードとして最近ますます注目されています。そのまま食べるとかなり酸っぱいのですが、お菓子に入れたりお酒に入れると、この酸味がぐっと生きてきておいしいのです。私もシーバックソーンは大好物で、お腹いっぱいなのにぺろりと食べてしまいました。爽やかな酸味と甘味がたまりません。 食後はエストニア産のビスケットとハチミツに、ローズヒップティー。ローズヒップも北欧の人が好きな味ですよね。ハチミツはベリー味など数種類あって、濃厚なのに甘すぎないのでついついあれもこれもと試食してしまいました。チョコレートにつけてもおいしいかも❤ エストニアの四季を旅するコース料理を堪能した後は、レセプションがありました。食事会の時からたびたび通訳のヘルプに入っては笑いをとっていた、やたら体の大きな青年は誰だろうと思っていたら……元大関の把瑠都さんでした!!それは体が大きいわけだ。そうそう把瑠都さん、エストニア出身なんですよね。ラッキーにも写真を一緒に撮っていただきました。大きい!チワワとレトリーバーくらい違う!種類が違う生き物みたいだ!把瑠都さんイケメン!! これまでまったく知らなかったエストニアのおいしさ。第一印象は、モダン・フィンランド料理と似ていること。伝統の食材を使いながらも、調理法はフランス料理などの影響を受け、洗練されていて見た目も美しい。食材ひとつひとつの味がよくわかるように、できるだけシンプルに仕上げていて、日本人の舌にきっと合うと思います。そしてお酒もおいしい。フィンランドも日本に比べれば人口の少ない国ですが、エストニアに至っては130万人。そんな小さな国で、これほどレベルの高い食産業があったとは驚きです。すっかりエストニアに胃袋をつかまれてしまいました。(そして把瑠都さんにハートをつかまれた)。 今回の料理を担当したのはエストニアのレストラン、プヒャカ(Põhjaka) のシェフ、オット・トミック氏とマッテ・メセリク氏。プヒャカは古いマナーハウスを改築したレストランで、今では自家農園も持っているそう。ちなみにデザートに合わせたシーバックソーンのシュナップスも自家製です。旬の地元素材を活かした美しい料理の数々に、昨年取材したフィンランドのミッケリにあるマナーハウスを思い出しました(フィンランドのマナーハウスについては現在発売中のリンネルで写真たくさんでレポートしていますのでぜひチェックしてみてください)。プヒャカ、いつかぜひ現地で食べてみたいです。ちなみにクラフトビールのサクも、もともとマナーハウスが出発点のようです。ああ、エストニア料理についてもっと調べたくなってきました。 帰り際にエストニアの味をおみやげにもいただきました。SAY CHEESEは燻製味のきいたスナック。レセプションでも出ていて、一つ食べただけで自分が燻製になったかのような強烈な味わいです(笑。強めのクラフトビールと一緒に食べたいですね。そしてデザートと一緒に出ていたシーバックソーンの絶品シュナップスが!ビスケットとブルーベリー味のハチミツにチョコレートとスイーツもありました。このチョコレートがまた北欧らしく、トナカイが食べる苔(地衣)入りなんですよ。トナカイの苔はモダンフィンランド料理で使われているのを食べたことがありますが、チョコレートに入っているのは初めて見ました。 さらに木製バインダーとバターナイフもいただいて感激。エストニアといえば素朴で人の手が感じられる工芸品が人気ですし(しかも北欧よりずっと安いらしい)、フィンランド同様にモダンなデザインも人気だそうです。エストニア可愛い。エストニア楽しい。エストニアおいしい。「エストニアのおいしい話」が書きたくなってきました!! ************** 昨年末に公開したエストニア映画『こころに剣士を』のレビューも書いていますので、エストニアに興味を持った方はぜひこちらもどうぞ! […]