2/28(金)公開。フィンランド映画『ラスト・ディール』が描く、商売のたたみ方

フィンランドのアカデミー賞にあたるユッシアワードで数々の賞に輝いた『ヤコブへの手紙』や、エストニアの実在のフェンシング選手の数奇な物語を描いた『こころに剣士を』などで知られるクラウス・ハロ監督の新作『ラスト・ディール』。

タイトルを聞いて、ハリウッドの法廷ものみたいだな〜なんて最初は思ったのですが、物語が始まるとそこはフィンランド。冒頭の「アラビア、セットで200ユーロ…」というオークションの台詞に、おっ?と引き込まれます。主人公のオラヴィは小さな画廊を営む美術商で、ヘルシンキでもっとも有名なカフェ、エクベリのすぐ近くに店を構えています。

そろそろ商売をたたもうと考えていたオラヴィが偶然オークションハウスで見たのは、ロシアの画家イリヤ・レーピン作と思われる絵画。本物であれば一攫千金、贋作であれば一文無しになるかもしれない、そんな最後の賭け、ラスト・ディールに自分の目を信じて勝負に出る……というストーリーです。

「これは名のある物だろうか?」「作者不明でも、良い物ならいいのか?」「名は本当に大切なのか?」「自分の見る目、審美眼は正しいのか?」……こうした問いは商売をしている人はもちろん、そうでなくてもふとした時に頭をよぎるもの。私なんかは自分が北欧ビンテージの店をやっているのもあり、オラヴィの奔走や悩みがどうにも他人事に思えません。さらにグッサリと胸に刺さったのが娘から突きつけられる次の台詞。

「掘り出し物を夢見て、集めたのはガラクタばかり!」

す、すみませーんっ!……思わず声が出そうになりました。私の扱っている北欧ビンテージでは一攫千金の掘り出し物なんてまずないんですが、それでも自分の目を信じて買い付け「お!これって、もしかして結構なモノでは!?」……なんて胸ときめく瞬間があるんですよね。取材をしていても「これは面白い案件では……?もっと掘り下げたらいいのでは……?」と自分の嗅覚を信じて突き進みながらも一方では「掘ったところで何もないかもしれない」と不安に思うこともあります。

学校では問題児という孫のオットーが登場することで、物語はさらに加速していきます。なんでもネットで調べちゃうオットーと、ネットでは調べきれない、その道一筋の専門家ならではの嗅覚や審美眼をもつオラヴィ。その対比も面白い。

二人のやりとりの中でも、ぐっときたのがオットーと一緒にアテネウム美術館を訪れ、絵画の見方を教えるシーンです。アテネウムはフィンランド最大のコレクションを誇り、フィンランドの代表的なアーティストの名画を所蔵する美術館で、映される作品はすべて本物。数々の名画を前に、オットーとともに私達もオラヴィから絵を見る指南を受けているような気分になってきます。親失格と母からなじられていた偏屈なじっちゃんを見るオットーの眼差しが変わっていくように、観客もオラヴィの「ものを見る目」に惹きつけられていくのです。

レーピンは実在する画家で、監督によると「ロシアの有名な絵画のほとんどは、フィンランドが玄関口となってヨーロッパ市場に流通する」のだそう。本作でもレーピンの絵を軸にロシア人やスウェーデン人の思惑も交錯し、まるで実際に2つの大国に翻弄されてきたフィンランドを見ているようで、最後までドキドキヒヤヒヤします。監督はこの物語を、大企業と対立する小さな商売を営んでいる「負け犬」の物語としていますが、それはロシアやスウェーデンに翻弄されたフィンランドの姿でもある。その”負け犬”が輝く瞬間を見事に描いているんです。

オラヴィの店が街中にあることから、ちょっとしたヘルシンキ観光気分が味わえるのも本作の魅力。オラヴィが日課のように通うエクベリはベーカリー併設のカフェ。観光客にもおなじみの3番トラムが走る大通りにあります。オラヴィお気に入りのブリオッシュは本当においしいんですよ。中央駅構内でオットーとお茶を飲む場所は、中央駅を設計した建築家エリエル・サーリネンの名を冠したカフェだったのが、現在はバーガーキングになっています。バーガーキングになっちゃった時は衝撃でしたが、壁面や天井の装飾をはじめ内装は昔のままに残してあっていまも雰囲気のよい空間です。オラヴィが調べ物をするのは国立公文図書館で、北欧の図書館ってやっぱり建物や内装も素敵だなーと見入ってしまいました。ちなみにアテネウム美術館でのシーンで、よーく耳を済ますと背後に日本語での解説音声が聞こえます。アテネウムが海外からの旅行客にも定番のスポットであり、ヘルシンキはやっぱり日本人に人気なんだな、ということが伺えます。物語にはスウェーデンのミレスゴーデン美術館も絡んできたりと、北欧の美術館が好きな人は、おっ!となるはず。

そしてこの映画は、商売のたたみ方の物語でもあるんですよね。情熱を注いでやってきた商いを、いつか閉じなければいけない時。一人商いをしている人なら誰もが直面する、身につまされるテーマにハロ監督は向き合います。オラヴィの持つ知識や審美眼は、オラヴィがいなくなったら途端に消えてなくなってしまう。私たちのまわりで日々起きている、伝統工芸や職人技、地元の小さな店が失われていく現実と物語がオーバーラップしていくんです。

ちなみに本作、もともとはレーピンではなく、フィンランドのアーティストの作品についての物語だったそう。でも「フィンランドは、掘り出し物を見つけるには小国すぎる」と監督。掘り出し物を見つけるには小国すぎる。また刺さるワードきました。や、やっぱりそうなのか。「掘り出し物を夢見て、集めたのはガラクタばかり!」太字にして胸に刻んでおきたいと思います。

2/28(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかロードショー