4/29公開。しあわせの国に中指を立てる男の物語『ノーマ 世界を変える料理』

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『世界のベスト・レストラン50』ランキングで4度もトップに輝くという前人未到の偉業を成し遂げたコペンハーゲンのレストラン、ノーマ。シェフのレネ・レゼッピは、蟻やら土やら衝撃的な食材選びと調理法で舌の肥えた美食家たちを唸らせるグルメ界の生きる伝説。さてレネ・レゼッピとはどんな人物なのか……!? それを明かしていくのが、映画『ノーマ 世界を変える料理』です。

いや〜レネさん、パンクだ。熱いよ。激しいよ。あのクールな料理を作るシェフが「fuc●in’! fuc●in’! 」と4レターワードを多発する人物だったとは。授賞式の壇上でドヤ顔で中指を立てる男だったとは! そうそう映画の中では、こんな発言もありました。「僕は移民の息子だ。デンマークで差別を受けたかって?……あったりまえだろ!!」

『ノーマ 世界を変える料理』は、レネ・レゼッピという類まれなる才能を持つシェフの成功と挫折の物語であり、一方でデンマークという国の裏側をのぞける映画でもあります。しあわせの国、暮らしやすい国として世界から憧れの眼差しを向けられるデンマーク。でもレネが中指を立てている相手もまたデンマークなのです。マケドニア移民でありイスラム教徒の父をもつレネにとって、デンマークはけっして暮らしやすい国ではなかった。友人たちと部屋探しをしていても、彼だけが部屋を貸してもらえなかったなんてエピソードも出てきます。

思えば取材をしていてもデンマークって案外と保守的。もっとはっきり言うと排他的だなあと思うことがしばしばあります。シリヤ難民の受け入れ問題でもデンマークはいち早く受け入れ拒否の姿勢をとっていますし、永住権の取得が大変なのはもちろん、留学生の受け入れもなかなかハードルが高いらしい。本作を見て真っ先に思い出したのが、同じくデンマークが誇るクラフトビールのブランド、ミッケラー。ミッケラー創始者のミッケル・ビョルグ氏もまたしょっちゅう中指を立てている男なのですが、昨年インタビューをした際に、デンマークがいかに保守的で新しいものを認めたがらず排他的であるか、そんな話が繰り返し出てきたのでした。そして「今だって僕らはマジョリティではない」とも言っていた。ミッケラーといえば今やスカンジナビア航空と提携するほどのブランド力を持つというのに「この国じゃ多くの人にとってビールといえばやっぱりカールスバーグなんだよね」と。

ミッケルによると、かのパントンも当初は自国では受け入れられなかったのだとか。北欧デザイン黄金期を代表する巨匠デザイナーであり、デンマークデザインの顔ともいえるパントン。あの天才ですらアメリカや諸外国で認められて逆輸入のような形でやっとその功績を認められたというのは、これまたデンマークらしいエピソード。パントンもまた、心の中でデンマークに中指を立てていたのかもしれません。

果たしてしあわせの国のシステムは一部の限られた人だけが謳歌できるものなのか。デンマークのしあわせとは、ダブルスタンダードの上に成り立っているものなのか?日本では「そこに行けばしあわせになれる夢の国」的な持ち上げられ方すらしている彼の国ですが、こんな裏の顔もあるわけで。「ほーらやっぱり、しあわせの国なんてウソウソ」としたり顔をしたいわけではなく、国家としての限界とか、人間の根源的な業のようなものと、このしあわせの国は一体どうやって折り合いをつけているのだろう。つけていくのだろうと、そんなこともこの映画を見ながらふと思いました。

でもやっぱりデンマークを繰り返し訪れる中、「なんだこの上質な住空間は」とか「こんな夏休みの取り方いいなあ」とか「子連れのお母さんが街中でのびのびしてるなあ」とか「老後の心配が少なくていいな」と心から羨ましく思う瞬間は幾度もあるのですよ。コペンハーゲンっ子が愛用するエコな自転車、クリスチャニアバイクに可愛い子どもを乗せて街を走り、ため息の出そうな美しい家のキッチンで料理を楽しみ家族と食卓を囲む。「そうそう、これこそ私たちがイメージするデンマークの日常!」を過ごすレネの姿もまた真実。中指を立てつつもレネがやはりデンマークでの暮らしを愛していることは映像からも伝わってくるのです。自分を拒絶してきたこの国に複雑な思いを持ちつつも、やはり自分を認めて欲しいのだな、と。

先日、片付けをしていたら偶然、2011年にコペンハーゲンで配布されていたタウン誌が出てきまして、レネのインタビューが載っていました。世界1位を2連覇した後の、まだあのスキャンダルに巻き込まれる前のこと。本作を撮っている真っ最中ですね。このインタビューでは「でも結局のところ、味に1番も2番もないよね」とレネはあっさり口にしていました。映画の中でも「人生と星の数は関係ない」と語っています。でも、それでもやっぱりレネは1位を獲りたい。もしかしたらデンマークとレネの間にあった厚い壁こそが、レネを北欧という枠にこだわり続けさせ、結果として世界を変える料理を生み出していく原動力になったのかもしれない。トップにこだわりつづけるレネの姿にそんなことも思いました。

ちなみに私はノーマで食事をしたことはありませんが、蟻を食べたことはあります。ノーマといえば蟻。日本で期間限定でノーマを開店したレネは長野まで蟻を探しに行ったらしいですが、確かに産地や種類によって味が違うんですよね、蟻。ナッツっぽかったり、レモンのような味がしたり。私はコロンビア大使館でいただいたのですが、コロンビアではおやつ代わりに食べるみたいです。南米の伝統食である蟻が、寒〜い北の大地で話題のメニューとなるなんて(今回の映画でもモチーフ的に扱われているし)食のつながりってダイナミックだなあと蟻をぽりぽりかじりながら思ったものです。

ひとつ気になったのは、スタッフが試作メニューを説明する際に「……に、ホンダシをあわせました」と言っていたところ。英語で「HONDASHI」って確かに言ってたと思うのですが、もしかして鰹だしのことをホンダシと思ってるのだろうか??あのね、ホンダシって商品名だから!味の素だからね!そう、北欧のグルメ界隈を取材していると日本食の影響力ってすごいなあと、思い知らされます。こちらが日本人とわかるやいなや「これはトンコツを使ってね〜」とか「ワサビとサンサイね〜」と喜々として説明してくれるシェフにこれまで何人、出会ったことか。私は食の専門家でもないのに「お前ならわかるだろ?」といった感であちらのトップシェフ達が接してくれる時、つくづく日本人で良かったわ〜と思うのです。

原題は『Noma My perfect storm』。ノルウェーの漁師が劇中で語る「すべてが最悪に向かっているような”パーフェクト”な嵐の中でどう生き延びるか」というエピソードが元になっています。まさにレネの人生はパーフェクト・ストーム。稀代のシェフとともに激しい嵐の中を航海しているかのような、そんな体験のできる1本です。
『ノーマ 世界を変える料理』公式サイト