4/16公開。ほっこり、で片付けてはいけない北欧映画『ハロルドが笑うその日まで』

ハロルド_ポスタービジュアル©2014 MER FILM AS All rights reserved
北欧を形容するのに日本で一番よく使われている言葉は「ほっこり」ではないでしょうか。なんとなくふわっとやさしい気持ちになれて、可愛いようなあったかいような、なんかいい感じ。何がいいのかはっきり言えないけど、なんかいい感じ。ほっこりって、便利な言葉なのだ。私はこの言葉があまり好きではなくてネタ以外ではぜったいに使いたくないと思っているものの、北欧の何かを説明する時に語彙が浮かばなくてうっかり使ってしまいそうにもなる。多くの日本人が北欧に対して抱くイメージに、しっくりくる言葉なんですよね。でも「ほっこり」と口にした途端、思考停止してしまう感じありませんか?
ハロルドが笑う その日まで』も、確かにほっこり枠に入れていいかもしれない映画です。悪役顔で生真面目だけど案外素直で茶目っ気のあるハロルド。ハロルドのような敗者を多く生んだであろうイケアの社長カンプラードも憎めない、というか愛すべきキャラです。可愛すぎます。映画のハイライトでもあるこの2人の掛け合いは笑わずには見られないし、いつまでも見ていたい。
さらにここにファニー・ケッターを取り合わせたのも最高の配役です。ファニー・ケッターは『シンプル・シモン』の監督、アンドレアス・エーマンの2作目『ビッチハグ』でも強烈な存在感を放っていた女優。アウトローの良き理解者であり、じつは誰にも言えない悲しい現実を抱える少女。そんな役をやらせたらピカイチ!いわゆる美女ではないけど、なんともいえない爽やかさを持っていて、本作もおじさん力全開の作品ながら彼女が登場するとほろ苦い青春映画のような表情になってしまう。北欧映画好きは要チェックの女優さんです。
ハロルドsub2©2014 MER FILM AS All rights reserved
……とほっこりで爽やかな作品ではあるんですが、やっぱりほっこりで片付けてしまうには惜しい映画なのですよ。ハロルドの人生って、北欧という世界的に見れば小国が歩んできた道と重なるんです。もともと貧しい国で資源もなく、ものづくりやデザインなどのソフト面で国際競争力をつけ、世界でいち早く高齢化対策に取り組み成果を出している。今や世界が注目するしあわせ大国で、男女平等、母親に優しい国、報道の自由や政治の透明度ランキングでは上位常連。環境大国で、住みやすくて、現代に生きる私たちの理想の国。でもそれは順風満帆に手に入れたものなのか?北欧人ってそんなに生まれながらに優秀なのか?……そんなことはないんです。ハロルドみたいにつまづいているんですよ。
例えば1920〜30年代頃の労働者の部屋なんていうのをあちらの美術館で見学すると、ものすごく狭い。日も当たらず、衛生環境も悪かったといいます。男女平等だって私たちの2世代前にはまったくなかった。ハロルドの妻マルニィが専業主婦で、夫の事業の失敗にうろたえて悲しい結末を迎えたことからも、それはわかります。障害者や高齢者福祉も同じで、第2次世界大戦の時には障害者ということが理由で多くの人が殺害されるなど悲しい事も起きていますし、老人ホームはまるで収容施設のようだったと言われる時代もあります。北欧は決してもともと素晴らしい国だったわけではないんです。住宅でも福祉でも教育でも転換期があった。その転換のきっかけとなったのは、失敗なんです。なんとなくそのままやってたら取り返しのつかないことになっていた、そんな痛い失敗だったりするわけです。
また成功者であるはずのカンプラードが「誰も俺を愛してくれない」とばかりに寂しさをさらけ出す姿も北欧の一面です。例えば男女平等が叶った裏では離婚がしやすくなり、そのしわ寄せが子どもにきてしまうという指摘もあります。福祉が充実したために家族の絆が弱まってきていると見る人もいる。セーフティネットが発達したために人とのつながりが薄くなってしまうわけです。それでもセーフティネットは手厚い方がいいとは思いますが、いかに福祉が充実しようと、人の寂しさを癒やす直接的な解決方法にはならないということです。過去の栄光にしがみつくエヴァの母親然り、この「誰も私を愛してくれない」症候群は、世界が羨む福祉大国でも根強くはびこっているようです。ちなみにスウェーデンが誇る名匠ロイ・アンダーソンの映画にも「誰も私を愛してくれない!!」と叫ぶ女性の姿からスタートする作品がありますよね。それも北欧のリアルな姿なのでしょう。
私が本作で一番震えたのはエヴァが、脱走しようとしたカンプラードを雪の上で蹴りまくるシーンです。しょうもないことでやり合う初老おじさん2人を生暖かく見つめていたエヴァがぶち切れて、雪の上に倒れた70過ぎの老人を蹴りまくる。どうしようもない母親もおじさんも許してきた彼女なのに、カンプラードのあの行為は絶対に許せないトリガーポイントだったんだな、と考えると切ない。私たちがおじさん2人のやりとりをずっと見ていたいと思ったように、エヴァもあのおっさんコンビを見続けていたかった、きっといつまでもチームでいたかったのかもしれないなあと。登場人物の中で一番人間ができていそうなエヴァは、じつはもっとも先に進むことを恐れていたキャラクターでもあったのだと。
ハロルドmain©2014 MER FILM AS All rights reserved
日本はここ数年ずっと、福祉や教育、住まいや社会システムなどをなんとか北欧から学ぼうとしているけれど、果たして私たちはハロルドのような変化を受け入れられるだろうか?痛みを乗り越えて、笑えるだけの強さを持てるんだろうか?エヴァは先に進むことができたんだろうか。私たちはできるんだろうか。そんなことを考えてしまいます。いや、そろそろほっこりしてる場合じゃないよね、と。まずは、極寒の地で氷の割れ目から湖に落ちて、それでも相手に悪態をつけるだけの体力を蓄えないといけないのかもしれない。それは一朝一夕には無理として、まずは本作を観てイメトレをしたらいいのかもしれない。ハロルドのように、すべてを失ってなお笑える強さを持つために。
今回、配給会社の方から試写向けのプレスリリース&劇場用パンフレットに使用する解説文を書いてほしいと光栄な話をいただきました。試写会で配られるあのプレスリリースに載るなんて!と小躍りしながらも気合を入れて、ノルウェーとスウェーデンの間柄から北欧あるあるネタ、ストーリーと絶妙に絡みあう北欧インテリアのみどころなど入魂の解説を書きましたのでぜひ合わせて読んでいただければ嬉しいです。映画の中で突然出てくる「ショーベルグ」の謎についても書いているので、劇中「?」と思った方はぜひ読んでくださいませ。
最後に私のイケアへの思いを綴ります。北欧デザインを代表する人物として、フィンランドの建築家アルヴァ・アールトという人がいます。彼がデザインしたシンプルな椅子『スツール60』は1930年代に発表されて以来のロングセラーで、無駄のない美しさでスタッキングもしやすく、シンプルで機能的という北欧デザインを体現するような椅子です。このスツール60にそっくりのスツールをIKEAでは1000円以下で買うことができます。ちなみにスツール60は30000円ほど。もちろん見る人が見ればぜんぜん違うんですけどね。でも憧れのスツール60を手に入れたのに「あ、これうちにもある。安くていいよね」とあっさり言われてしまった経験をもつ知人が私のまわりにも何人かいます。もし私が言われたらカンプラードを蹴飛ばしたエヴァなみにキレるかもしれません。イケア、恐ろしい子。でもこのレビューを書いているデスクはイケアで購入しているわけです。イケア、恐ろしい子。
ハロルドが笑う その日まで 公式サイト
配給:ミッドシップ
4月16日(土)〜、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー