5/14公開『ファブリックの女王』-問題児か魔術師か。マリメッコが私たちを惹きつける理由

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※公開当時、こちらの記事で「メンヘラ」という呼称を使っていましたが、その言葉が持つ暴力性を理解せずに使ってしまっていたことに後に気づき、削除・変更しています。

マリメッコには魔物が棲んでいるのです。初めてフィンランドでマリメッコの店に入った時は興奮で正気を失いそうになりました。そしてその後、何度も繰り返し訪れているというのに……いまや日本にはありとあらゆるマリメッコ商品が流通しているというのに……なのになのに現地でマリメッコの店に入るとやはり平常心を失ってしまう。今度こそは平気、平常心でと臨んでも、気づけば冷静さを失っているのです。ああ、なんて手強いんでしょうか、マリメッコ。

2月に初の北極圏ラップランド取材へ向かった機内で、偶然上映していたのがこの映画でした。原題は「Armi elää!」。直訳するとアルミは生きている(アルミ・イズ・アライブ)、アルミ万歳!といった感じでしょうか。アルミとはマリメッコ創始者であるアルミ・ラティア。彼女の人生を描いた異色作です。

異色と書いた理由のひとつは、これが劇中劇を中心に進む二重構造の一見わかりにくい仕立ての作品だから。劇中話される台詞は果たしてアルミの言葉なのか、それとも演じる女優の言葉なのか時折、混乱してしまうこともあります。そしてもうひとつ、マリメッコといえばあのカラフルで心躍るファブリックに彩られた楽しい映画ね〜!と想像させつつ、見事に裏切ってくる辺りも異色なのです。画面に映るのは、戦争に傷つけられ時代に翻弄され、日常のささやかな幸せを楽しむには不器用すぎた女性と、彼女の目に映る灰色の世界。今だったら「病んでる」とされてしまいそうなアルミ・ラティアの暴力的ともいえる言葉や態度の数々には正直ついていけないし、引いてしまいます。あの明るく華やかで心躍るマリメッコの世界と、この重苦しい空気のギャップにためらう人も多いのではと思います。でもアルミがマリメッコを世に出すきっかけとなる天才的プレゼンテーションを披露した辺りから、灰色の世界に光が差し込んできます。それまでが重く暗く灰色だったからこそ、その光のまぶしいこと!目の前に広がったカラフルな時代の美しさに目も魂も奪われてしまうのです。

そう、この映画はおそらく当時の女性たちの胸をときめかせ、震わせたであろう、マリメッコ誕生の感動を私たちにも体験させてくれるのです。マリメッコがあの時代にもたらした衝撃や感動を、現代に生きる私たちの中にリアルな感情として湧きあがらせてくれるのです。

ファッションとは時代を反映するもの。例えば戦時下の40年代は女性服にも軍服のエッセンスが入り、一方50年代になるとそれまでの物資不足の反動のように生地をたっぷりと使ったフレアースカートが大流行しました。そして60年代は……。

どんな素材も手に入る現代では、新しい時代の色やパターンに当時の人々がどれほど衝撃を受け、心躍らせたかを想像するのは難しいもの。この映画ではその衝撃を、その心躍る瞬間をリアルに体験させてくれるのです。灰色の時代をもがき苦しみながら走り抜けたアルミ・ラティアが、新しい時代のファブリックであるマリメッコを発表した奇跡のような瞬間に立ち会うことができるのです。灰色で鬱々とした映像の後には言葉にならないカタルシスが待っていて、そして映画を観終えてふと目をあげると、フィンエアーの機内にはマリメッコがあふれていました。アルミ〜〜〜〜本当に良かったよお〜〜良かったよおお〜〜!!フィンエアーとコラボなんてすごいじゃないのよお〜〜〜と思わず親戚気分で目頭が熱くなってしまいましたよ。

グルメ映画を観た後にちょっと良さげなレストランへ直行したくなるように、本作を観終えたらきっとマリメッコに直行したくなるでしょう。そしてマリメッコの服に袖を通したくなるに違いありません。私もまんまと北極圏の街ロヴァニエミにあるマリメッコのアウトレットでワンピースを買ってしまいました。あのザ・マリメッコ的な60年代の象徴ともいえるストーンとしたシルエットの一着を。

最近でこそさまざまなスタイルの服を提案しているマリメッコですが、昔はマリメッコといえばウエストをしぼらず体のラインをあまり出さないストーンとしたシルエットがお約束でした。女らしさから解放された中性的なシルエット。でも、あれって体格の良い欧米人には似合っても、小柄な日本人には難しいわ。私が着るとなんだかパジャマみたいだわ、なんて常々思っていました。でもこの映画を観た後は、あのストーンとしたマリメッコらしい服を着てみたくなるのですよ。50年代までのフェミニンで女性らしい服とは対象的な、あの60年代のシルエットを身に着けたい! 身も心も足どりも軽くなりそうな、あのシルエットで街を歩きたい!って思うのですよ。

劇中でアルミを演じる女優の苦悩が、アルミのそれと時折重なったように、アルミが持ちつづけた悩みに私たちもいつか直面するかもしれません。「誰にも愛されない」「女だからだめなのか」「私は独りで進まなければいけない」……今の時代にも変わらず存在するそんな悩みに直面する時、マリメッコのファブリックと服は、やはりエネルギーを与えてくれるのでしょう。そうして現代に生きる私たちも、アルミ・ラティアの魔法にかかってしまうのです。Armi elää!

『ファブリックの女王』公式サイト