12/7(土)公開。彼女が選んだ服と言葉が、リンドグレーンになるまで。映画『リンドグレーン』

この秋冬公開される北欧映画の中で、もっとも楽しみにしていたのが本作『リンドグレーン』。『長くつ下のピッピ』や『ロッタちゃん』シリーズなど、誰もが知る児童文学を生み出したスウェーデンの作家、アストリッド・リンドグレーンの若き日々を描いた作品です。

ピッピのような型破りな主人公を生み出し、子どもたちに勇気を与えてきたリンドグレーン。その類まれなる才能がどのように開花していったかを描く本作ですが、時に胸を締め付けるような辛い描写も出てきます。若さゆえの暴走や過ち、その結果直面することになる苦しみ。勝ち気で聡明で、ピッピのような強い女性と思っていたリンドグレーンが不安に直面して取り乱し、やつれていく姿には驚きもしますが、でもこの時代に女性が好きに生きることが、どんな代償を招くか。どんなに勇気のいることだったかをはっきりと感じとることができます。一方でいまの私達の目の前にもまだ同じような問題があることを思い出し、だからこそ身に迫ってくるのです。演じるアルバ・アウグストは、リンドグレーンが乗り移ったの?と思わせるような自然な演技で、脆い少女の面も、自分の人生をたくましく切り拓いていく女性の一面も見せてくれます。アウグストの名前にピンとくる方もいるかもしれませんが、北欧を代表する巨匠監督ビレ・アウグストの娘なんですね。

アストリッドのファミリーがまたいいんです。破天荒ともいえるアストリッドの言動にめちゃくちゃ理解のある兄(最高)、言葉は多くないけれど暖かさと包容力を感じさせるお父さん。家族みんなで農作業をしているシーンがまあ美しくて……カール・ラーションの絵の世界といいましょうか。そんな優しい家族の中で、親として女性の先輩としてアストリッドの将来を誰よりもリアルに心配する母。デンマーク映画『真夜中のゆりかご』で、いまをときめくニコライ・コスター=ワルドーの妻役を演じたマリア・ボネヴィーですね。ちょっと影のある凛とした美しさをもつ人で、『真夜中のゆりかご』では新米母親の悲劇を体現した役柄でしたが、今回はあの影のある部分が娘を守るための方向に向かっているのが、とても力強くてよかった。

そしてそんな幸せな家族の風景をぶち壊す張本人であり、アストリッドの書く才能を開花させることになる「運命の男」ブロムベルイ。演じるヘンリク・ラファエルセンがまた素晴らしい。ええ、もう見事なクソ野郎ぶりなんですよ、ブロムベルイ。あ、クソって書いちゃいましたけどね、実際のところ彼はそこまで下衆ではないんですよ。たとえば暴力をふるうとか、騙すとか。そういう類の男ではない。それどころか彼なりに誠実に愛を貫こうとする……のだけれど。妊娠、不倫、そうした問題が起こった時の男と女が背負うリスクの違い、とくに妊娠出産に対する男の能天気な視点をああも見せつけられるとクソ野郎とも言いたくなる。しかし彼がいなければ、アストリッドの才能があふれるように開花する、あの感動的なシーンは生まれなかったのかもしれない、とも思うとね。アストリッドが直面した苦い体験こそが、世界中の子どもたちに必要とされる物語を生み出す原動力となったのだと思うとね。いや、しかし見事なクソ野郎なんですよ。この俳優さん、ノルウェー映画『テルマ』で父親役を演じていましたが「いい人なんだよね、うん、いい人なんだけど……ああっムカつく!」な男性役がうまいですねー。あの作品でも多くの観客に「お前なんかやられてしまえ!」と思わせたのではなかろーかと思いますが、女性が超えなければならない存在、女性が自立していく上で決別しなくちゃいけない、そんな男を演じるのがうまーい!

本作のもうひとつの見どころがアストリッドのファッションです。「ちょっとちょっとーーーっっ、あのリンドグレーンがあんなにおしゃれ番長だったなんて、みなさん知ってたーーーっ!?」映画館を出て、私が一番に叫びたかった言葉です。20年代の不良娘、フラッパースタイルがまあ〜よく似合うこと。ウエストにくびれのない膝丈のスカートに、ボブカット。ジャズを聞き、踊り、煙草をくゆらせ……フラッパーっていうのは、それまでの女性らしい身なりやふるまいや考え方をあらゆる面から打ち破る存在だったんですよね。(お母さんなんて農作業しなきゃいけないのにウエストはぎゅうぎゅうに締めてるし、足首まで覆うロングスカートですからね。)ジャズって今でこそスノッブな印象もありますけれど、当時はめちゃくちゃ不良の音楽だったんです。冒頭、いかにも村の公民館といった会場でダンスパーティが催され、他の女の子たちは男性から踊りに誘われるのをおとなしく待っているところ、アストリッドだけは軽快なジャズのリズムに合わせて一人で踊りだします。ああ、正しい。あの音楽は、ああして踊るものなのですよ。男女でフォックストロットしてる場合じゃないんですよ。ああ正しい、アストリッド。ちなみにちょっと解説しますと、アストリッドは音楽に促されて自由気ままに手足を動かしていた、というよりは、あれは当時流行していたチャールストンやドラーグというステップを彼女なりに取り入れていたんじゃないかなと。フラッパー女子達とも相性の良かったダンスです。古いジャズ&ダンス好きとしては「さすがアストリッドっ!」てとこですが、でもあの時代の普通の人々から見れば突然キレて踊り出したようにしか見えない。不良で、どこかおかしい女の子にしか見えない。

そして最後にアストリッドが帰ってくるシーンで彼女が着ていた服が!!また!!!おしゃれ番長っっっ!!!戦前ファッション好きとしては念の為、時代考証が間違ってないか速攻で確認してしまいましたが、いやあ、あの時代にあのスタイル(でしかも実家に帰省)。アストリッド、かっこいい〜〜〜!先取り〜〜!!そう、この映画、アストリッドが人生の大事な決断を下し、選ぶ時に着ている服が、もう素晴らしいんですよ。「私は着たいものを着る」「着るものは私である」を見事に体現している。めっちゃおしゃれ番長!めっちゃフェミニスト!本作の英題は『Becoming Astrid』なんですが、彼女が選んだものが彼女を作る。それがどれだけ大切かを映像で見られるのがまた至福なのです。

というわけで、うわ、これベストシーン……な場面が幾度も出てくる本作。アストリッドが選ぶ服、言葉のひとつひとつから目が離せず、さらに現代の読者である子どもたちから彼女に寄せられた言葉が絶妙なタイミングで挿入されていくので、映画を見ながら「ああ、リンドグレーンの作品、読みたい……」と何度も思いました。当時の彼女がどんな思いで物語を綴っていったのか、ひとつひとつの作品を読みながらもう一度感じたい、と。

12/7より岩波ホールほか全国随時公開。映画『リンドグレーン』公式サイト

来年1月25日には、映画『リンドグレーン』鑑賞と、本作にちなんだスペシャルランチとトークが楽しめる「岩波ホールの映画とお食事を楽しむ会」が開催されます。岩波ホールと庭のホテルさんのコラボによる好評イベントで、嬉しいことにトークタイムで本作についてお話させていただくことになりました。リンドグレーンやスウェーデンのこと、ネタバレになるのでここで書ききれなかったアストリッドのファッション解説などもお話できればと思います!イベント詳細・お申込みはこちらのページよりどうぞ

岩波ホールの映画とお食事を楽しむ会 Part9
日 時:2020年1月25日(土) 10:30~15:00
定 員:30名
参加費:7,000円 (①「リンドグレーン」映画観賞券1枚 ②映画にちなんだスペシャルランチコース 税・サービス料込)
※トークのみの参加も可能 (映画観賞券付きで2,700円)

1件の返信

  1. 2021年10月1日

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