8/2(金)公開。わたしにつながるマイノリティの物語『トム・オブ・フィンランド』

この夏、ぜひ観てほしいフィンランド映画『トム・オブ・フィンランド』。トム・オブ・フィンランドとは、本作の主人公となるアーティスト、トウコ・ラークソネンのアーティスト名。ハードゲイ、またはゲイポルノなどと呼ばれるジャンルのアーティストで、その作品はアメリカをはじめ世界中のゲイから熱狂的な支持を受けているのです。ハードゲイ、ゲイポルノなんて聞くと、自分とはあんまり関係なさそう……と思う人も多いかもしれません。でも、この映画は私たちの生活にもしっかりとつながっているんですよね。

北欧といえば「しあわせの国ランキング」の常連です。中でもフィンランドは今年、昨年と2年連続でナンバーワンに輝き、マイノリティも社会的に弱い立場の人々も、誰もが暮らしやすい国と思われています。実際、いまのフィンランドは多様性を認め、「ゲイフレンドリーな国」としても国際ランキングで上位に入っています。でもフィンランドがそういう国になったのはわりと最近のこと。1971年までフィンランドでは同性愛は犯罪だったんですよね。ほんの数十年前まで、ゲイというマイノリティに対して国がどんな仕打ちをしてきたか。寛容を掲げる今のフィンランドのイメージからすると、本作はかなりショッキングな内容に映るかもしれません。

主人公のトウコは第二次世界大戦にも従軍し、大国ロシアやドイツに翻弄されたフィンランドの暗い時代に青春を過ごしています。ゲイだと見つかれば逮捕され、病院行き。下手をすれば死ぬことだってある。そんな時代に、それでも彼は自分が本当に好きなものを描き続けます。レザージャケットやぴちぴちのパンツに身を包んだ筋骨隆々の男性たちのスタイルは、いまでは普通にゲイのシンボルのように理解されていますが、あのスタイルをはっきりと形にしてゲイの共通イメージとしたきっかけが彼の作品なんです。

トウコの作品は不思議な縁でアメリカで評価されるようになります。自分の国ではひたすら隠して描き続けてきた作品が、ひょんなことからアメリカに渡り、彼の地のゲイ達に勇気を与えるんですね。そして自由の国アメリカもまた、トウコに希望を与えます。本作を観てまず心に浮かんだのは「アメリカ人が本作を観たら、喜ぶだろうなあ!」ということ。本作には、夢の国アメリカの、夢の時代が描かれているから。トランプ政権になって大統領が自ら人種差別やマイノリティ糾弾をするようになってしまった今、かつてのアメリカ、かつてアメリカが目指していた姿を思い出すのは、アメリカ人にとっても世界の人々にとっても大切なことなんじゃないか?って思いましたね。

本作を観て、1970年代にアメリカでゲイの権利を求めて活動した政治家ハーヴェイ・ミルクのことを思い出しました。彼の生き様はドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク』で追うことができますが、ミルクはアメリカで初めてゲイであることを公表して選挙活動をした人物です。そして見事当選し、不幸なことに市議に選ばれた翌年には暗殺されるという運命を辿ります。ミルクのすごいところはゲイだけでなく、米国に暮らすアジア人、低所得層、老人などあらゆるマイノリティで連帯して、社会を変えていく力にしようとしたところ。ミルクの言葉や活動を追いながら、彼や彼をサポートした人々にも、もしかしてトウコの作品が勇気を与えていたのだろうか、とふと思いました。

トム・オブ・フィンランドの作品に影響を受けたアーティストには、フレディ・マーキュリー、デザイナーのトム・フォードや写真家のロバート・メイプルソープ、アンディ・ウォーホルなど錚々たる名前が並びます。ちなみに私は本作を昨年の北欧映画祭で観ていたので、本作の後に『ボヘミアン・ラプソディ』を観ることになるのですが、フレディ・マーキュリーのボーカルに涙しながら、やはりトウコのことを思い出していました。そして先シーズンのドラマ『きのう何食べた?』を見て「ケンジ、かわいぃ〜〜〜!!!」とわたしたちがお茶の間で盛り上がれるのも、トウコのおかげであり、トウコからバトンを渡された人たちの連帯の結果なんだなあと思ったのです。そのバトンを、ちゃんと次に渡していかないといけないのだな、とも。

『トム・オブ・フィンランド』は一人のマイノリティが生き延び、成功していくエンターテイメント作品としても最高に面白いですし、これはすべてのマイノリティのための作品でもある。自分が好きな服を自由に着られる、そんな当たり前の社会を守っていきたい人のための物語なんですよね。自分と関係ない物語なんかじゃない。私たちひとりひとりが、DNAに刷り込んでおくべきストーリーだなって思うんです。

トム・オブ・フィンランドの作品は今では、ムーミンやマリメッコと並ぶフィンランドの顔となり、2014年には切手にまでなり(!)、国の寛容性の象徴のような存在になっています。その事実を知ると、トウコの物語がますます痛快に思えてきます。先日の選挙や、その後の政府のグダグダで無力感や諦念に包まれている方も少なくないと思うのですが、そんな人にもぜひ見てほしい。物事が動く時は必ず来る、と信じるためにも。

『トム・オブ・フィンランド』公式サイト

さて本作、もうひとつの見どころとして、ファッションや音楽など時代の風俗の描き方が素晴らしいんです。念願のバイカージャケットを着たトウコももちろんいいのですが、そこに至るまでの40年代〜50年代の着こなしが格好いいんですよね〜。この時代らしい色の使い方も美しく、惚れ惚れしてしまう。本作の劇場用パンフレットでは、そんなことも絡めて「ファッションは自由の象徴か、それとも時代に縛りつける足枷か」というコラムを寄稿しています。ぜひこちらも合わせて手にとってみてくださいね!

日本版のチラシや前売特典のステッカーもいいデザイン!世界のトム好きが羨ましがりそうです。

ちなみにこちらが2014年に発行されたトム・オブ・フィンランドの切手です。わりとエグめの絵柄が選ばれているのも素敵。

1件の返信

  1. 2021年10月1日

    […] 『トム・オブ・フィンランド』のレビュー→わたしにつながるマイノリティの物語 […]