歌で自由を勝ちとったエストニアで、ユネスコ世界遺産の民謡セトレーロを聴く

明日7月4日よりエストニアの首都タリンでは5年に一度の合唱祭、歌と踊りの祭典が開かれます。1869年から続くこの祭典。エストニアの人々にとって歌は大切な文化であり、激動の時代を生き抜くためにかかせなかった存在であり、国の命運を決め、人々の命を救った存在でもあるのです。

エストニアは世界でもめずらしい『歌による革命』を成し遂げた国です。第二時大戦後、ソビエト連邦に合併されたエストニア。当時は自国の民族音楽を歌うことも禁じられていたそうです。しかし冷戦終結後、独立の気運が高まる中、1988年に開催された歌の祭典では国民の1/3にあたる30万人もの人が集い、禁じられていたエストニア語で合唱し独立への願いを歌ったのです。そして、これがきっかけとなり1991年8月20日の独立へとつながっていきます。

日本でエストニアの料理や文化を広めているエストニア料理やさんのケイコさんに教えてもらったこちらの動画は『歌う革命』を伝える映画のトレーラー。(映像中にはバルト三国で独立のために文字通り手をつないで意思表明した『人間の鎖』のシーンも出てきます)

「すべてを失った時に、希望をつなぐものは一体なんだろうか?」

憎しみでもなく、報復でもない、希望の革命。ロシアという大国を相手に、戦争で血を流すことなく独立を勝ち取ったエストニアの『歌う革命』は、時代を超えて私達にも希望をくれます。そして『歌う革命』のきっかけとなった歌の祭典、はたして今年はどんな姿を見せてくれるでしょうか。世界中でポピュリズムやヘイトスピーチ、そして他者への無関心が横行する今の時代に、ともに歌うことは以前にも増して人々に力を与えてくれるのではないでしょうか。

さて昨年秋、私はエストニアでもうひとつの歌の文化財に触れてきました。エストニア政府観光局主催(フィンエアー協力)によるプレスツアーで首都タリン、第二の都市タルトゥとともに、エストニア南部のセト地方を訪ね、セト地方ではユネスコの世界無形文化遺産にも指定されている「セトレーロ(セトの歌の意味)」を聴いてきました。

地図を見ながら「いまここにいまーす」とガイドさん。ロシアがすぐそこです!

セト地方はロシアと国境を接する地域で、エストニアの中でも先住少数民族が多く暮らし、伝統文化が色濃く残る地方。この地方ならではの編み模様や民族衣装といった物があるだけでなく、独自の旗もあります。セト地方は、もともとエストニアとロシアにまたがるひとつの地域だったのが、戦争や時代時代の事情により幾度も国境線が引き直され、エストニアが独立したことでロシアとの国境線が明確になり分断されてしまったという悲しい背景があります。その出来事によって、独自の文化を守り抜こうという動きが活発になったといいます。そしてセトでは、大切なことはみな歌を通じて口伝で受け継がれてきたそうです。

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さてユネスコの文化遺産にも指定されているという伝統の歌を、一体どこでどんな風に聴かせていただけるのだろう、コンサートホールとか公民館みたいな場所なのかな…?と思っていたら、向かった先は一般の家庭。入口にはセト地方の旗が見えます。ここで暮らすのは、もともと都市部に暮らしていたけれど自給自足での暮らしを実現するべくセトの土地へとやってきたというご夫婦と息子さん。近年は彼らのように都市部からセトへ移り住む若い世代が増えているのだとか。門をくぐるとアコーディオンの演奏で迎えてくれました。敷地が広ーい!

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家の中に入ると夕食の準備がありました。チーズに黒パンにシチュー、雑穀と、すべてここで穫れる物で作った家庭料理をいただきます。まずはエストニア名物の黒くて強いお酒で乾杯。このお酒、どこにいっても出てきます。家の主が客人に振る舞うのがしきたりだそうです。ちなみにエストニア語で乾杯は「Terviseks!」と言います。「テレビセックスと発音するんですよ」と、エストニア料理やさんのケイコさんに教えてもらったのがここで役立ちました。

温かなもてなしとおいしい料理を堪能していると……「失礼しまーす」といった感じで、民族衣装に身を包んだ女性たちが登場!そう、この方達が世界遺産セトレーロの歌い手なのです。

セトレーロは、一人が歌った歌詞を他の人々が繰り返すというシンプルな構成。湖やその土地について歌ったり、女性の悲しみや思いを歌い上げる歌詞が多いそうです。歌詞はわからなくてもこのリフレイン、胸にぐっときます。黒人のブルースや労働歌もそうですけれど、みなで繰り返すっていうのがいいんですよね。単純だけれど響く。大国に翻弄されてきたエストニアという国が歌とともに強い意志を貫いてきたように、日々の暮らしを裏側で支えてきた女性たちがこうした歌を心の支えとしてきたのだろうことが、伝わってきます。

民族衣装はひとつひとつ柄や刺繍が違うのですが、大きく異なるのが未婚女性と既婚女性の装い。キラキラした飾りで彩られたヘッドデコをつけた未婚女性に対して既婚女性はスカーフを深くかぶり、髪の毛や眉毛を隠しています。胸元の大きなシルバーのネックレスは悪い物から身を護るための飾りなのだとか。これ重そうだなあ……と思って見ていましたが、実際重かったです。

じつは翌日、この民族衣装を着る機会があったんですよね……さて、どうやって着ていくのでしょうか(結構スパルタ指導でした)……次回に続きます♪

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【新刊のお知らせ!】6月に北欧5カ国+αを紹介する旅のガイドブック『いろはに北欧』が発売されました。+αとは、エストニアのこと。歌の祭典が開催される首都タリンについて、ヘルシンキからのショートトリップ先として町歩きのルートやおすすめの食べ物、おみやげなどをご紹介しています。2017年に北欧に分類されることが国連で決められたバルト三国。北欧を旅するのが好きな方にはバルト三国もおすすめ。北欧5カ国との比較も面白いですよ♪


いろはに北欧 わたしに”ちょうどいい”旅の作り方
森 百合子 著
¥1,600 + 税(2019年6月13日発売)
出版社 ダイヤモンド・ビッグ社

2件のフィードバック

  1. 2021年3月8日

    […] エストニア南部のセト地方へやってきて、感動的なセトレーロを聴き、温かなおもてなしを受けた翌日は、セトの伝統的な家屋、手工芸、暮らしの姿を伝えるセト・ミュージアムを訪れました。 […]

  2. 2021年10月19日

    […] エストニア南部のセト地方へやってきて、感動的なセトレーロを聴き、温かなおもてなしを受けた翌日は、セトの伝統的な家屋、手工芸、暮らしの姿を伝えるセト・ミュージアムを訪れ […]