4/25(金)公開『ただ、愛を選ぶこと』監督に聞く、ノルウェーの自然と家族、ドキュメンタリーの難しさ
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4月25日(金)より公開のノルウェー発ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』。第40回サンダンス国際映画祭のワールドシネマ・ドキュメンタリー部門で審査員大賞(グランプリ)に輝き、NHK日本賞でも特別賞を受賞、ほかにも世界各地の映画祭で受賞している話題の一本です。
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©︎ A5 Film AS 2024
あらすじ〜
農家に移り住み、自給自足の暮らしをして、子どもたちは学校ではなくホームスクーリングで育てる。そんな”ワイルド”ともいえる暮らしを実現していたペイン一家。あるとき、一家の大黒柱的存在だった母のマリアが病に倒れこの世を去ってしまいます。残された家族がどのように悲しみを乗り越え、どう生きて、どのように暮らしていくか。マリアが目指していた「よりよい暮らし」を彼らがどのように捉え、選択をしていくか。3年に渡って撮影してきた家族の姿を追うドキュメンタリー作品です。
本作の個人的な見どころとしては、ノルウェーの自然が他のヨーロッパと比べても独特であること、また生前のマリアさんが口にしていた「野性的、ワイルドさを失いたくない」という考え方を、遺された家族がどう捉えて実現していくか。そしてインテリア好きとしては、ペイン一家が暮らす部屋も気になります。映画でも、また本作が生まれるきっかけとなったマリアさんのブログを見ても、暮らしのふとした瞬間が美しく映し出されているんですよね。消費社会から距離を置いた田舎の森のなかで、こういう暮らしができる。リサイクル店や蚤の市なども利用しながら生活道具をあつらえているのかなあ、などとつい思いを巡らせてしまいます。
さて、昨年NHKの授賞式のために来日されていた本作の監督シルエ・エヴェンスモ・ヤコブセンさんにお話を伺う機会がありました。日本からすると自然大好きに見えるノルウェーの人々が本作をどのように捉えたのか、また製作にまつわるエピソードや本作で描かれるノルウェーの自然のあり方、ノルウェー国内でとくに注目されたポイントなど、監督に質問しました。ぜひ映画と合わせてご覧ください。
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—本作の企画はどのように始まったのでしょうか?
「10年前に、マリアのブログを見つけたことです。ちょうど自分自身が母親になりたいと思っていた時に彼女のブログを見つけて、惹きつけられました。ノルウェー人というのは自然のなかで過ごしたい気持ちが強いというか、そんな風に駆り立てられる思いもあったと思います。」
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©︎ A5 Film AS 2024
◎自然と過ごしたい気持ちは、「絵に描いた餅」?
—日本から見るとノルウェーの人々は自然のなかで過ごすことを好み、夏はサマーハウスであえて不便な暮らしを好む……そうしたライフスタイルを選んでいるように思えますが、それでもやっぱりマリアさんの暮らしは型破りに見えますか?
「そうですねノルウェーでは、一般的には子どもが1歳になると幼稚園に入れます。それとは違う、オルタナティブな生き方をするには勇気がいると思います。とくにホームスクーリングはノルウェーでは稀です。国じゅうで、200くらいの家庭しかやっていないんじゃないでしょうか。
『自然とともにいたい』といっても、なんだかんだいって絵に描いた餅のようでもあるんです。自然を愛しているとはいえ、日頃は消費者。買いたい物があるから働く、そうした消費の欲求があって、サマーハウスもそのひとつと言えます。それを手に入れるために働いて、結局のところ時間がない、ないと言っている。だったらもっと意義あることに時間を使うべきじゃないかと考えるようになりました。」
—本作ではホームスクーリングについてもフォーカスされていますね。
「ホームスクーリングについては、どうしても避けては通れないポイントでした。ノルウェーでも常に議論されていることでもありますし、わたし自身も思うことがあります。とくにマリアが亡くなってしまった後に、子どもたちがもっと社会と関わりをもつべきではないかという視点が出てきますが、わたしの経験としても学校の必要性を感じます。でも一方でいいと思う部分もある。自分の考えとは切り離して、監督として中立の立場で取り上げたいポイントでした。」
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©︎ A5 Film AS 2024
—本作ではノルウェーの自然のユニークさも描かれていますね。イギリス出身であるニックの田舎と比べて、子どもたちが素直な感想を述べています。北欧は国によって『自然享受権(注:誰の土地であっても自由に自然を楽しむ権利)』がありますが、ノルウェーはどうなんでしょう?監督自身もノルウェーの自然のユニークさやワイルドさを再認識された部分はありますか?
「ノルウェーの自然のあり方はユニークかもしれません。本作でマリアの次女フレイアが『イギリス(の自然)はルールが多い』と言っていましたが、ノルウェーでは私有地であってもどこでも、基本的に入ることができますし、キャンプも自由にできます。わたし自身も自然を身近に感じています。森のなかで瞑想をしたり、子どもたちと過ごしたり、とくに忙しい時には自然のなかを散歩したいと思います。
ただ、いつも時間が足りないって思うんですよね。本作を撮っている間も、子どもたちと一緒にいられないわけですし。別の家庭の子どもを撮影しながら、自分の子どもは保育園に行かせているなんて、ひどい母親だって思っていました。」
—本作の国内での反応はどうでした?
「やはりホームスクーリングの部分は物議をかもしました。みな興味はあるけれど、実践している人が少ないので。ただ本作で伝えたいのは、ホームスクーリングをすべきかではなく、どう生きたいかということ。本作を観て「もっと子どもたちの人生に関わりたい」といって泣いていた若い父親もいましたね。だからといって、じゃあ田舎に引っ越せばいいかというと、そういうことではなくて。子どもとどう過ごすかが大事なポイントで、ホームスクーリングが大事というわけではないことも伝わったかと思います。」
◎母マリアの死と、撮影への葛藤
—マリアさんの死という思いがけないことが起きて、撮影を継続していくのが困難だったと思います。ドキュメンタリーという手法自体の困難さもあると思いますが、どう解決されましたか? あきらめることも考えましたか?
「ずっと同じ状況で撮り続けることはできず、アップダウンはありました。また、どうしても撮る側と撮られる側のパワーバランスが生じてしまうので、友人的であろう、対等でありたいと常に心がけていました。でもやはり母を亡くしたばかりの子どもたちにその話をするのは倫理的にどうなのか、入り込みすぎてるのではないか?との葛藤はありました。
それで、子どもたちと話し合いを重ねていきました。お互いを知るのが大事だと思ったんです。彼らといる間、いつもカメラをまわすのではなくて、トランプをして遊んだり、一緒に時間を過ごしました。何かを決める時、話し合う時は必ず子どもたちも一緒にいてもらって、信頼関係を築けるように務めました。ニックも常に迷いはあったと思います。子どもをカメラの前にさらしていいのか、と。そういう時は、時間をとってもらいました。
最初はやっぱり、いい作品を撮りたいと躍起になっていたところもあったんです。これまで撮ってきたいい瞬間を作品として残したい思いもあり、説得モードに入っていたこともありましたね。でも子どもたちにきちんと理解してもらい、彼らの声をちゃんと聞いて、尊重できる方向に移行していきました。
ニックに対してもそうです。彼は内向的な人なので、土足で入り込むようなことをしていないだろうかと最初はこちらも身構えていました。でも一緒に時間を過ごして話して、だんだんわかりあえるようになりました。」
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©︎ A5 Film AS 2024
—作品ができあがって、ペイン家のみなさんからの反応はどうでしたか?
「観てもらうまではすごく不安でしたね。まずはニックひとりに観てもらったんです。観終わった頃に彼のところに行って『どうだった?』と聞くと、彼は下を見ていて、それから私の顔を見て10秒ほど沈黙して『今まで見たなかで、いちばん美しいものだ』と言ってくれました。それでもう二人でお互いを抱きしめて、泣きましたね。これから先、この映画がどうなろうと彼がそう言ってくれたなら、本望だって思ったんです。
でもじつは後日談があって、ニックがインタビューでこう話していたんです。『じつは泣いてしまって、ほとんど画面を見られなかったんだけど、監督の手前、何かいいことを言わなくちゃと思ったんだ』と(笑。」
—そうなんですね!でもそのエピソードも含めて、お互いへの信頼を感じますね。子どもたちはどうでした?
「おもしろい部分はみんな笑っていました。男の子たちにはちょっと退屈だったみたいですが。フレイアはとくに何も言わなかったんです。彼女はあまり話すタイプでもありませんから。だけどきっと、この作品を好いてくれたのではと思いました。ローニャの反応はとても気になっていました。彼女は妹や弟たちに母をとられてしまうと感じていた自分を恥じていました。その思いを本作で出せたことを誇りに思ってくれたようです。彼女がどうしてそういう行動をとってしまったか、この作品を見るとわかります。ニックはローニャのことがわかり、ローニャはフレイアのことがわかり……この映画によって家族のみんなが、お互いのことを発見できたようです。ストーリーのなかにストーリーが隠れているような二重構造になりましたね、期せずして。」
—撮影にはトータルでどのくらい時間がかかりましたか? 時間軸がいったりきたりするのは意図的なものでしょうか?
「3年ほどです。最初は時間の経過どおりに進めていこうと思っていました。じつは実際には子どもたちが学校へ行くのは、2回中断しているんです。撮影期間中はコロナ禍もありました。最終的に編集とは「彼らの気持ちが、よりわかるようにする」こと、それでいいんじゃないかと思いました。ファルクが長かった髪を切ったり、そういうことが起こると、つながりがわかりづらくなるので苦労しましたが。」
—本作のなかでは、ニックも髪を切りますよね。髪の毛は自由の象徴にも見えますね。
「その指摘は興味深いですね。イギリスに行く時、または学校に行く時など、何らかの順応を要求される場面で「標準化」することの象徴のように起きています。彼ら自身がそれに気づいているかは、わかりませんが。病気になったマリアが髪を剃って焚き火で燃やすのも象徴的です。それは比喩であり、具体的な行動の現れでもある。ローニャもそうです。彼女が髪を刈り上げるのは、そうは言わないけれど、明らかに母が髪を剃ったこと、つまりマリアに寄り添う行為でもあったと思います。」
—たとえばスウェーデンだと最近では髪が長い男の子も多いと聞きます。画一的な男の子らしさ、女の子らしさから解放されるというか、ジェンダー観の動きがあるように思えますが、ノルウェーはどうでしょうか。
「そうですね、そういう流れはあると思います。わたしの息子も肩につくくらい髪を伸ばしているのですが、でもそうしているのは学校で彼だけですね。意識が変わってきているとはいえ、やっぱり男の子用、女の子用の服と商品は分かれていますし。そういえばNHKの賞を受賞した際のインタビューで、日本の方から『ニックが家事をしているのは一般的なことですか?』と質問がありました。そこは、そうですね。わが家は夫が家事をしますし、彼の方が掃除とか家のことはやっています。役割分担はそれぞれにありますが。」
—本作では、子どもたちが育ち、自分たちで選び決めるようになり、世代が交代していく感じも描かれていました。
「本作の主役がいるとすれば、フレイアです。彼女は『パパの面倒をみてあげないといけない、わたしがパパを幸せにしてあげなきゃ』と言っていました。『学校は牢獄だ』とも。それがやがて『今週は、パパとキャンプに行かずに、学校に行く』と、自分の考えをちゃんとニックに伝えられるようになる。本作は彼女の旅路にもなっています。
本来ならば子どもたちを平等に撮りたいとの思いもありましたが、男の子たちは飽きたらどこかに行っちゃいます。いちばん幼いウルフは家族のマスコットのような存在でもあって、マリアが亡くなった時はまだ小さくて、記憶がないのは彼にとって辛いことかもしれません。でも学校へ行くようになり、元気にやっています。ファルクもあまり語らないけれど、だんだんと自分の意見も言うようになりました。
フレイアはともだちを作り、携帯を持つようになり、悲しみを乗り越えていきます。彼女はこう言ったんです「人生はこのあとずっと辛いと思ってた。でも案外やっていけるって思った」と。それはやっぱりニックという存在、子どもたちのことを見守っている人がいるからなんですよね。
ローニャの場合は妹や弟たちと離れて暮らしていて、マリアもいなくなってしまう。最初はそれを口にすることも怖がっていましたし、撮影も嫌がっていました。でもいまでは癌で親を失った子どもたちのための活動をしたり、ノルウェーの癌患者協会で話をしたり、海外を旅して自分の経験を語っているんです。彼女にも大きな変化がありましたね。
ニックも最初は凝り固まっていたと思います。それが次第に、自給自足にこだわりすぎずに仕事を受けてもいいし、子どもたちは学校に行ってもいいしと考えるようになる。マリアの描いていたビジョンを彼女が言ったとおりにまっとうしなかったとしても、別にそれは彼女に背いているわけではない。そう折り合いをつけるようになったと思います。最近では人と会ったりデートしたりしてるみたいですよ。」
—本作をどんな方たちに届けたいと思いますか? 最後に日本のみなさんにメッセージをお願いします。
「家族で観てもらえたら嬉しいですね。子どもたちにも。撮っている間は自分のような母親が観てくれたらと思っていたのですが、わたしの8歳の子どもも楽しんでくれて、それなら作った甲斐があったなと思いました。母親が亡くなるつらい話、と怖がらずに観てほしい。育児について、子どもの決定権について、親との関係について。どこか共感できるポイントがあるのではと思います。
これはたぶんマリア自身が言いたかったことでもあると思うのですが、本作で伝えたいのは、田舎に引っ越してこういう暮らしをするのがいいということではないんです。家族がなんらかの方法で一緒にいられることができればそれで十分、それでいいんだよ、と。わたしたちは選ぶことができる。それがもっとも伝えたかったことで、自分自身にもそう言い続けたいと思っています。」
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『ただ、愛を選ぶこと』 4月25日(金) シネスイッチ銀座 ほか全国順次ロードショー
2024年 /ノルウェー /ノルウェー語・英語 / 84分 / アメリカンビスタ/カラー / 5.1ch / ドキュメンタリー
©︎ A5 Film AS 2024


