マイケル・ブース☓フィンランド大使 〜北欧社会のリアルを読み解く

北欧5ヶ国の真実に迫る書籍『限りなき完璧に近い人々』が刊行されたばかりの英国人ジャーナリスト、マイケル・ブース氏を囲んで「世界一幸せ? 北欧社会のリアルを読み解く」と題したトークショーが行われました。ゲストにはフィンランド大使館からユッカ・シウコサーリ大使、そして朝日新聞社社長の渡辺雅隆氏、司会進行にグローブ副編集長の後藤絵里さん。

まず「デンマークは本当に世界で一番しあわせな国なのでしょうか?」という質問から。

ブース「一番とは思わない。でもデンマーク人は幸せと思っている。幸せか?という問いにデンマーク人は過去40年、イエスと答えてきた。ただし、幸せという言葉の意味の捉え方をまず理解する必要がある。」

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ここでブース氏が解説。デンマークがしあわせの国といっても、みんなが終始笑顔で、楽しそうにしているわけではないということ。幸福度を測るのには2種類の指標があって、ひとつは人生全体を長い目で見た時の幸福度。これについてはデンマーク人は世界一、高い。もうひとつの指標は今の瞬間が幸せかということ。これに関してはデンマーク人の幸せ度はとても低いんだそうです。ちなみにブース氏はデンマーク人と結婚して子どもが2人いて、現在はコペンハーゲン在住です。本でもデンマークについて一番多く語られています。

次に本の中で、ブース氏が賞賛していたフィンランドについての質問。取材して一番印象的だったこととして、辛口のユーモアのセンス、そしてシスについてあげていました。シスとは逆境にめげない強い精神力のようなものですが、こんな例えで説明していました。

ブース「例えばマイナス20度で雪が降っている中、子ども達ががバスに乗って学校に行く。そのバスが動かなくなった時にどうするか?まず一つ、バスにとどまる。僕はそうする。次にバスを降りて歩く。そして3つ目の選択は、バスを降りてみんなでバスを押して学校に行く。フィンランド人はこの3つ目の選択のようなことを日常的にやっているんだ。」

この例え、上手いですよね。バスを降りて歩くだけでなく、バスを押す選択をするというのがフィンランド人だと。さてフィンランド大使はバスを押すのでしょうか?

大使「まずはマイケル・ブースさん、書籍の大成功おめでとうございます。フィンランドについての観察眼は非常に優れていると思います。辛口のユーモアは、その通りです。シスについては、私はバスは押したことはないけれど、車を押したことは何度かあります。日本に来る前はアルゼンチンに赴任していたのですがスペイン語にもシスとよく似た言葉がありました。シスとは強い精神力で、困難な状況でも諦めない、むしろさらにハードに努力するといった考え方です。」

日本もフィンランドも新聞が健闘している

ここで朝日新聞社・社長の渡辺さんにも、フィンランドについてどう思うかの質問。

渡辺「一番関心をもったのは教育。OECDの中でも学力が高い。また学校の先生への敬意が高いことには感銘を受けます。大学生の4人に1人が先生になりたいと言う。これはいい循環になっているのだな、と。また男女格差がないこと。フィンランドでは女性大統領も首相も出ていますし国会議員の半分は女性です。

新聞購読者の割合も高い。フィンランドの新聞を読む人口は1000人あたり約340くらいと極めて多い。日本はさらに高く400を超えています。対してイギリスは180、アメリカはさらに低く160くらいです。」

最近、新聞の存在感が薄くなったように思っていましたが、世界的に見ればまだまだ日本は購読者が多いんですね。この話に対してブース氏が、フィンランドの新聞閲読率が高い理由の一つが、無償で読めることにある、とコメント。(この点については大使が「50〜60年代は無償で読めていたけれど」と注釈を入れていました。)

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ブース「イギリスやアメリカでは新聞を読む人が減り、それでEU離脱だとかトランプ大統領だとか、馬鹿げた決定をしてしまったんだと思う。私の子ども達もユーチューブで見たといって面白い話をしてくるけれど、そうした信頼性が高いといえない情報に日々接しています。

新聞がなぜ信頼できるかといえば、編集のプロセスが民主的だからなんです。この話を始めたら長くなってしまうけれど……それがなければ民主主義は負けてしまう。」

おお、その話、もっと聞きたい!いまキュレーションメディアが話題になっていますが、メディアの信頼性はどのように担保されるのか、ブース氏に聞いてみたいですね。それはさておき、次に渡辺さんに「新聞は再び読まれるようになるか?」との質問。トランプ氏が大統領選に勝利してから、ニューヨーク・タイムズの購読者が13万人も伸びたそうです。

渡辺「トランプ、EU離脱をメディアはまさかと思っていた。世の中もそうです。まさかと思った後には、一体この世界はどうなってしまうのだろう?と不安になる。そうなった時に求めるのは信頼性の高い情報なんです。トランプ当選の時、朝日デジタルに一晩で670万アクセスがありました。熊本地震の3倍です。将来が不確実、不安定なときには信頼できる情報への欲求は高まるんですね。それが恒常的な新聞の購読率につながるかは、また別の話ですが。」

次に、フィンランドの教育がなぜ素晴らしいか、教師の社会的地位の高さ、男女平等について大使に聞きます。

大使「フィンランドでは読書の価値を重視しています。両親が子どもに読んで聞かせ、早く読むことを覚えるようにサポートします。教師の社会的ステイタスは高く、尊敬される職業です。教師になりたい学生が多く、大学でもモチベーションの高い優秀な学生から選ぶことができる。それが教育の質につながっていると思います。

北欧諸国はどこも男女平等社会。仕事も家事も分担するのが当然です。人口の半分である女性が働かないのは国家的なリソースの無駄使いなんです。もちろんいろいろ課題点はありますが、育児ケアシステムが整っているから女性が働きやすいとは言えます。」

そう、フィンランドはテレビも映画も字幕文化で、それも子どもが読書に興味を持つきっかけになっているんですよね。図書館の利用率も高いです。さて、ここでブース氏からひと言。

ブース「フィンランドの教育の素晴らしいところは学校間の格差がないこと。学ぶ機会が均等であること。日本でも英国でも、どこの学校に通うかで違いが出るけれど、どこにいても質の高い教育が受けられる。これは北欧諸国すべてに共通していて、彼らが高い教育レベルを保っている要因だと思う。」

そして大使に、なぜそのような教育が実現できているのか?と質問。

大使「それはよく聞かれる質問なんです。世界中から尋ねられます。どうしてそんなことができるのかと。どうすればフィンランド的教育を輸入できるかと。でもそれは無理なんです。フィンランドのやりかたをそのまま他の国には適用できません。教育制度はその国のカルチャーに関係していますから。でも一部を取り出してコピーすることはできると思います。一番重要なのは教育が無償だということ。フィンランドの子どもは小学校から大学まで無料で学べます。税金でカバーされるのです。」

他国の外交官に、この話をすると非常に驚かれるそうです。教育のカリキュラムについて、何を教えるかは教育省が承認していますが、どのように教えるかは学校、教師の裁量で決められるとのこと。

男女平等社会は、なぜできる?

ここで、ブース氏からお2人への質問。”日本と北欧の共通点として経済的平等、シンプルで機能的なデザインを好む。どちらかというと理性的、宗教的でないなどがあげられます。一方で日本で実現できていないのは3つ。男女平等、信用レベル、環境保護。この点について聞きたい”。

新聞社といえば男ばっかりのイメージだが、今はそうでもないと渡辺社長。

渡辺「朝日新聞社では女性の割合は全体で17%。この10年、新入社員の女性は3-4割。喫煙率も減り、昔の新聞社とは違ってきています。社説でこうあるべしと書くのに、自分たちができていないとダメだと思う。まだ少ないけれど、育児休暇を取る人も増えている。実際に自分がとって記事にした記者もいる。ただ、制度的には整ってきていると思うけれど、実際にその制度が使えるかというと、まだ課題が多い。」

さてフィンランドの状況について大使からコメント。フィンランドの外務省では75%のスタッフが女性、世界のフィンランド大使のうち46%が女性だそう!(昨年度末の数字)。

大使「キャリア女性の採用も増えて、そろそろ私も役職が危ないかもしれません(笑。過去10〜15年を見て、ディレクターレベルの役職に付く女性は公共セクターでも民間でも増えています。とくに目標は設定していません。自然に能力を発揮する機会を増やしています。」

ちなみにノルウェーにはクオータ制といって閣僚や管理職における女性の割合を法律で決めるシステムがあるのですが、フィンランドでは取り入れていないようです。次に、女性の働きやすい環境がどうしたら実現するのか?の質問。

大使「とても難しい質問です。ひとつ言えるのは両親が働いていても子どもに十分なケアが行き届くこと、家庭がちゃんと機能するよう家事分担が必要です。」

ブース氏は、取材旅行でも家族と一緒にまわれる自分はラッキーと話し、やはり大使と同じく、良質かつ誰でも利用できる安価な育児ケアシステムが何より重要とコメント。そしてずばりこんな質問をされました。

ブース「僕はひとつ聞きたいのだけど、日本の女性は、本当に外で働きたいと思っているのかな?外で働くことにそれほど積極的ではないという話も聞きますが。」

ここで話を振られた後藤さんが「それについては言いたいことがたくさんありますが……」と言いつつ、話を切り上げてしまったのは残念。司会をされていたので大変とは思いますが、せっかくの機会。30秒でいいから、働きながら子育てをする女性の代表として思いを伝えたら良いのにと思いました。横に社長がいると話しづらいんでしょうか。

渡辺「女性社員と話していると、働き続けたい思いは強い。「保育園落ちた、日本死ね」じゃないですが、何かあった時にサポートできるシステムが必要です。制度はあっても機能しているか。休むことはできても、キャリアが止まる不安をどう埋めていくか。それを考えるのが必要です。」

マイケル・ブース氏の新しい本は『英国一家、日本を食べる』の続編だそう。最初の本が出たのが10年前で、世界遺産、ミシュランの話など、この10年での変化も含めて書いているとのこと。今年、家族と一緒にに沖縄から北海道を旅して、島根がとても気に入ったそうです。日本の環境の変化、とくに3.11後の水質汚染なども懸念されていました。

この後、フィンランドの環境保護の取り組みについて大使から、フィンランドではバイオマスエネルギーに着目していることなどの説明がありました。そして印象的だったのは以下の言葉。

大使「大切なのは、どのような世界も環境を守るのは人間であり、教育の中で子ども達が環境の重要さを学ぶことです。動物にはやさしく、とかそういうことだけではなく、どのような場所にいても、その行動が環境にどういう影響を与えるのかを考えるべきなんです。」

以前、スウェーデンのエコ活動家の方にインタビューした際に、動物を飼育する方が植物の何倍も環境に負担がかかるという教育が功を奏して、今の若い世代は自然にベジタリアンが増えていると話されていたのを思い出しました。
さて、最後は日本とフィンランドの似ているところについて、ブース氏と大使から。

大使「言語はまったく違うけれど、ボディランゲージ、身振り手振りを使う部分は似ていると言えます。日本人もフィンランド人も比較的シャイで、大騒ぎしない。外国人を自国に迎える時の姿勢も似ていて、日本人の対応は素晴らしいです。私はこれまで6ヶ国で大使を務めてきましたが、東京での着任が一番スムーズでした。」

ブース「日本人はどう思っているのかわからないところがあって、フィンランドも似ている。そして均質的、同質社会であること。人々は比較的似ていて、話さずとも通じる、あうんの呼吸で通じるハイコンテクスト社会です。イギリスは多様性に富んだ国なので、たくさん喋らなければ理解しあえません。あと日本とフィンランドの違いは食。一方は洗練されたハイクオリティな食文化があって、もう一方は……まったく、そうではない(笑」

大使「ブースさんが取材に来られていた頃に比べれば、外食の状況はかなり良くなっています。それにフィンランド家庭の味は、悪くないですよ。」

と、最後に軽く辛口でしめたブース氏に対して、大使も応戦。北欧が同質社会であることについては『限りなく完璧に近い人々』の中でも繰り返し触れられています。

ちょうどこのトークイベント前にインタビューで、「外交官的なインタビューはしたくない」と話されていたブース氏。スピーチ上手な大使とのトークはどうだったか、感想が聞いてみたいものです。1時間半もの長いトークショーだったので、できればもう少しブース氏が大使に切り込むところがもう少し見たかった!

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日本と北欧、双方について並々ならぬ興味を持ち続けているマイケル・ブースさん。今後もまたお話を聴けるチャンスがあるといいですね!『英国一家、日本を食べる』と『限りなく完璧に近い人々』両方読みくらべると、また面白いですよ。

『限りなく完璧に近い人々』(原題:The almost nearly perfect People)
マイケル・ブース著  黒田 眞知 翻訳 出版:KADOKAWA