「猫は絶対に必要だった」スウェーデンのハンネス・ホルム監督インタビュー。

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スウェーデンで歴史的大ヒットとなり、日本でもいよいよクリスマス前に公開される『幸せなひとりぼっち』のハンネス・ホルム監督にインタビューをしてきました。原作のある映画を制作する上で気をつけていること、苦労したシーン、本作に「絶対にかかせなかった」猫のことなど、ホルム監督のトークは物を作るクリエイターの視点としても参考になりました。終始こちらに気を使ってくれる監督の人柄にもすっかり魅了され、裏話も交えつつ、笑いの絶えないインタビューとなりました。ぜひ映画と合わせてお楽しみください!(北欧情報サイトの北欧区さんとの合同インタビューで、北欧区さんの質問は(H)、私からの質問は(M)と記しています)。
『幸せなひとりぼっち』映画レビューはコチラから
ベストセラーの映画化
ー(M)監督・脚本と担当されていますが、小説を映画化する上で当然、省かなければならない部分も出てきます。どういう基準でストーリーを構築していくのでしょうか?
「小説の映画化が失敗してしまうのは、原作に忠実にやろうとしすぎるからだと思う。僕はそうしたくなかったんだ。映画独自のストーリーを作るにはどうしたらいいかを考えた。原作はもちろん何度も読んだけれど、その上でいったん忘れて、自分の視点で、自分の言葉で脚本を書いたよ。例えば本を読んで人に伝える場合もそうだよね。気に入った部分を抽出して、自分の言葉で相手に伝える。映画も同じだよ。結果的には原作の中で気に入っていたエピソードは自然に脚本の中に入っていたね。
それから、この映画で猫はとても重要だった。最初、制作会社は猫をわざわざ入れる必要はないと言ってたんだ。動物を使うのはコストがかかるからね。でも僕は猫を入れないなら作れないと交渉した。この映画には猫が必要だったんだ。デジタル処理ではなくて、本物の猫がね。最終的には入れてもらって、映画が成功してよかったよ!」

ー(M)猫の演技があまりにも自然で、もしやCGでは?と思いました。ユーチューブで2匹の猫のインタビューを見ましたよ。
「そう!マジックとオーランドね。2匹1役なんだけれどオーランドはレイジーで寝てばっかり。もう一匹のマジックはアグレッシブ。時々どっちがどっちか間違えちゃって。ベッドで寝るシーンなのにマジックを連れていってしまって騒がれて驚いたりね(笑。」
猫のマジックとオーランドのインタビュー映像です。まさかのダブルキャスティングでした!こうして見ると2匹の毛の色は、だいぶ違うのですね。

ー(H)2014年のスウェーデン映画祭で上映された監督の前作『青空の背後』も観ましたが、闇社会をはじめ社会問題を取り上げていました。今回も例えば福祉に関する問題提起ともなるようなエピソードが登場しています。こうしたエピソードは意図的に入れているのでしょうか?

「確かにそういう部分もある。僕は若い頃にテレビ局で働いていて、当時は政治家の風刺劇なども作っていたよ。怒れる若者だったからね!でも歳を重ねてから人間関係にフォーカスするようになった。『アダム&イブ』という30代のカップルについて撮ったのもそうだよ。人生を描くこと、それがまずあって、その中で社会問題を取り入れていく。それが自分の中で目指すところかな。バランスが大切だよ。あくまでも良いストーリーの中に社会的な問題を入れていくんだ。社会問題を掘り下げすぎると観客は退屈してしまうからね。
スウェーデンは効率性を重視する。日本もそうだよね。老人は老人ホームに入れるのがいい、とか。僕はそういう考え方はあまり好きではないんだ。ひと昔前だったら老人が子どもに昔話や逸話を聞かせる場があった。そういう触れ合いは大事だと思ってる。」

時代物の魅力
ー(M)前作に続いて今回もいわゆる時代物になっています。古き良き時代に興味があるのでしょうか?
「時代物をやるのは楽しいよ。ストーリーを構築しやすいというと言い過ぎかもしれないけれど、映画監督はタイムトラベルすることができる。映像を作る時はもちろん美術スタッフのみんなで決めていくんだけれど、個人的に思い入れのある背景が盛り込まれることもある。自分たちの歴史が映像やストーリー、さまざまなところに反映されている映画は面白いよね。
ただ一方でノスタルジックになりすぎるのは良くない。要素を省いていく作業は必要だよ。そもそもセットすべてを昔のもので作れるわけでもないからね。あくまでも自然に見えるように作ること。現在の物とミックスしたり、そこは気を使ったよ。
実際の手順としては舞台になった集合住宅でまずロケハンをして、デザイナーとカメラマンに家を見てもらって、どの家具がどの時代を映しているか、何が使えるか使えないかをピックアップしてもらった。ちなみに、ここの集合住宅はみんな似ているから役者が家を間違えて入ってしまったりしていたよ。」

ー(H)あの集合住宅を物語の舞台として選んだ理由は?
「昔、僕自身がこういう家に住んでいたんだ。60年代に政府がスタートした『100万戸プログラム』で作られた集合住宅なんだけれど、あの政策は近所づきあいを促す面もあったよね。昔はこういうコミュニティがあって、近所付き合いが盛んだった。60年代には近隣でお互いに招き合って食事をしたりしていたけれど、今ではそういうことはしない。特に食事のやりとりはしないね。今では廃れてしまった近隣との交流を描きたい気持ちはあったよ。イランではまだそうした文化は残っているみたいだね。映画でもパルヴァネがあの住宅地に新しい風を取り入れていくんだ。」
ー(H)イラン系スウェーデン人のパルヴァネは物語の鍵となっていますね。
「原作者の妻がイラン系なんだ。ちなみに彼女の父はイランで有名な映画監督なんだけれど「映画化されるなら一切、口出ししてはいけない」と義理の息子(原作者)にアドバイスしてくれたそうだ。おかげで原作者からの注文はとくに何もなかったから、本当にやりやすかった。
パルヴァネ役のバハールとはたくさん話したよ。彼女自身が移民であり、移民のスウェーデン人としてそこにいる、というのがとても重要なんだということをね。」

ー(M)主題歌を歌っているLALEHもイラン系スウェーデン人ですね。偶然ですか?
「ああ、そうだ!よく気づいたね。それは偶然だよ。もともとLALEHの歌が好きだったんだ。あの曲は『我々が地球で許された時間』というテーマの歌で、映画にも合っているしね。
LALEHは今はアメリカに住んでいるんだけど、じつは今度の土曜日にスウェーデンにツアーで来るんだ。それで子どものコーラスが必要ということになって、なんと僕の娘はその15人の子どもの一人に選ばれたんだよ!」

まさかの裏話も飛び出し、LALEHとお嬢さんとの共演話については、かなり興奮しながら話してくれた監督です。
演出について
ー(M)スウェーデン人はボルボとサーブに関するジョークが好きですよね。本作でも主人公のオーヴェと親友のルネがボルボとサーブで張り合うシーンがあり、往年の車種が次々に登場する見応えのある映像がありました。監督自身はボルボやサーブ、また車に思い入れがあったんでしょうか?
「車は今はそれほど興味ないんだ。昔はあったけれどね。冒頭の質問とも重なるけれど、どのエピソードを入れるかを考えた時、じつはボルボとサーブのエピソードは映画の本筋にはそれほど必要なかった。でもとてもお気に入りのエピソードだったから入れたんだ。案の定、スウェーデン人の男性にはあのシーンはウケたみたいだ。一方で原作には、GMがサーブを買ったニュースにオーヴェが泣いてしまうというエピソードがあったんだけれど、こっちはカットした。」
ー(H)本作でも随所にスウェーデンのブラックユーモアが散りばめられ、演出が丁寧でよく楽しめました。演出する上で苦労したシーンはありますか?
「自殺しようとするシーンには気を使ったよ。小説の場合は比較的、自殺のシーンも描きやすい。でも映像にする場合、一歩間違えれば恐ろしいシーンになってしまう。だからユーモアとのバランスを大切にした。あのシーンにはユーモアがあるべき、でもユーモアがありすぎてもダメなんだ。」
ー(M)この映画で伝えたいことを3つの言葉で表してみてください。
「Hug your Love だね。」
じつはこの質問は「3つの要素」という意味で聞こうと思ったのですが、3つのワードで表現してくれた監督。「うん、これでうまく言い表せたね」とにっこり。
「これは普通の人生についての映画だよ。普通の男性を描いている。映画を観終えて、誰かあなたの大切な人をハグしてくれたら嬉しい。けっして手遅れじゃないんだからね。」
ー(H)初恋の人が日系女性なんですね。
「幼い頃の話なんだけど、それが僕の人生で初めての海外と触れる機会だった。そう、日本は僕の人生の最初のうちに入り込んできた国なんだよ!」
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今回のインタビューは通訳の方に入ってもらったのですが、私たちが日本語で質問をしている間も「うんうん」「その通り」とわかっているフリをしたり、写真撮影をする時も表情やポーズをくるくると変えて場を和ませていた監督。ほんとサービス精神旺盛でチャーミングな方でした。もともと俳優を目指していたというのも納得です。最後にコワモテで「観てね!」と一枚、ぱちり。今後の作品もますます楽しみです!
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インタビューの前に、自己紹介代わりに拙著『北欧レトロをめぐる21のストーリー』を見せたところ「あっ、ストリングの棚だ…」「わお、ゼブラのカップだね!」などなど興奮した様子でじっくりとページをめくってくれて「素晴らしい!!これは僕の友だちにも教えたい!」と声をかけてくれたのは感激でしたね。「ビンテージが好きな人」と認識してもらえたおかげで、時代物のセットの作り方などにも話が及んで面白かったです。

1件の返信

  1. 2016年11月28日

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