12/17公開。スウェーデン式、隣人と迷惑をかけ合いながら生きる方法『幸せなひとりぼっち』

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いよいよ12月17日から公開となる『幸せなひとりぼっち』。本国スウェーデンでは5人に1人が観たという映画で、5ヶ月を超えるロングランとなり、スウェーデン映画史上3位という記録的ヒットを樹立。原作は世界30ヶ国でベストセラーとなっている話題作です。そんな記録にも納得の本作はとにかく濃密なストーリー。例えるならクドカンのドラマや、真田丸並に濃い。
ハンネス・ホルム監督インタビューはこちら
主人公のオーヴェは妻を亡くし、ひとり孤独に暮らす老人(と記されているけれどまだ59歳)。妻の墓に飾ろうと花束を買いに行き、「2束なら特価で70クローネ」なのを見て「なぜ1束35クローネで買えないんだ!」とレジ前でごねるような面倒くさいオヤジです。もし目の前にいたら「ああ、関わらないようにしとこう」と思うような人。
でもこの面倒くさいオヤジが、じつはふところが深い。悪態をつきながらも困っている人に手を貸さずにはいられないし、落ち込んでいる人は励ます。オーヴェの向かいに引っ越してきた天真爛漫でたくましいイラン系移民のパルヴァネを通して、私たちはそんなオーヴェの内面をのぞいていきます。
パルヴァネの作るペルシャ料理を最初は拒絶し、ゲイの少年に向かって思ったままの言葉を投げつけながらも、移民もゲイも差別はしない。あっさりと受け入れ、困っていれば手助けせずにいられないオーヴェ。まだまだ男女平等には程遠かった時代に、教師になりたい妻の夢を全面的にサポートするオーヴェ。もしかしたら、オーヴェはとてもスウェーデンらしい男なのかもしれない。スウェーデンが失いたくない良心と気概をもつ男、と言ってもいいかもしれない。シリヤ難民が押し寄せ、ヨーロッパの国々が扉を閉めた時、スウェーデンは扉を開け続けた。オロフ・パルメ首相の時代には、ベトナムを空爆するアメリカを真っ向から批判した国。スウェーデンはそういう国であり、オーヴェはスウェーデンがこうありたいと願う姿なのだろうな、と思うのです。
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(C)Tre Vänner Produktion AB. All rights reserved.
映画が進むにつれ私たちのオーヴェを見る目はがらりと変わっていきます。パルヴァネがめずらしく取り乱してしまった時にオーヴェが語りかける言葉に私たちも励まされ、妻ソーニャのために家庭も職場も、社会さえも変えようと奮闘したオーヴェの姿に惚れぼれして、気づけば「オーヴェみたいな隣人がいたらいいのに」とすら思っている。もちろんオーヴェ自身もパルヴァネと接して変化していく部分はあるのだけれど、オーヴェの本質はじつは変わっていないというのに。
一見感じのいい人がとんでもない偏見を持っていることもある。でもその逆もある。みんなが見て見ぬふりをする中で手を差し伸べる人がいて、その人は必ずしも、普段から感じのいい人ではなかったりする。オーヴェはそういう人であり、そしてパルヴァネのようにたくましく隣人と迷惑をかけ合いながら生きる人によって、そんなオーヴェの内面に他の人も触れることができるのです。
「この映画を見たら、あなたの大切な人を抱きしめて欲しい」とハンネス・ホルム監督は話しています。雰囲気に左右されて大事なことを見落としてしまうことは、よくあるもの。あの人はいい人か悪い人か、そんな白黒の付け方で大切なことを見失うことも。でもちょっと待って、とホルム監督は私たちに気づかせ、「気づくのに遅すぎることはないんだよ」と背中を押してくれるのです。
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(C)Tre Vänner Produktion AB. All rights reserved.
配役も絶妙で、主役のロルフ・ラスゴードが素晴らしいのはもちろんのこと、若き日のオーヴェを演じるフィリップ・ベリがまたいい。『ストックホルム・ストーリー』でも父親に逆らえない吃音に悩む青年役を好演していたけれど、不器用な青年役がほんとによく似合う。不遇が似合うイケメン枠といいましょうか(口元がラルフと似ていて、最初、私はこの人が特殊メイクで年老いたオーヴェも演じているのかと思ってしまったほど)。
そしてインテリアも登場人物もどちらかといえば地味なトーンの中、ソーニャの70年代ファッションの明るく美しいこと!スウェーデンで大流行したクロッグを思わせる赤いヒールの靴、開襟の柄シャツにデニムのハイウエストスカート。頭にスカーフを巻いたソーニャのヒッピー的なファッションは、規律を重んじるオーヴェの地味な服と対照的で2人の関係を象徴しているようだし、何より明るく美しいソーニャによく似合う。ソーニャのいる場所はいつも華やかな空気があふれていて、オーヴェのように私たちも思わずその姿に、その表情に見とれて引き込まれてしまいます。
この映画のもうひとつの魅力が音楽。幼い頃の父との思い出をめぐるシーンではホットジャズが、青年になったオーヴェの背後にはウィリー・ネルソンの歌声が流れ、父と過ごした幸せな日々や青春時代の切なさとシンクロする。そしてあの運命のスペイン旅行でかかっていた曲(デミス・ルソスというギリシャ人の歌手なんですね)は生涯トラウマになるんじゃないかと、この曲を聞いた途端にあのシーンがよみがえってきて号泣してしまうじゃないか、どうしてくれるんだホルム監督、と言いたくなるほどに映像と見事に絡みあっています。ちなみに父とドライブするシーンでかかっていたホットジャズは、オーヴェが何度目かの自殺をしようとしている時にもラジオから流れてきます。オーヴェが父や妻との古き良き時間を振り返り旅する時に、それぞれの曲がトリガーとなっているのですよね。現実にもそういうことってありますよね。ふと流れた音楽に過去の思い出が一気に甦ってきてしまうようなことが。オーヴェの回顧シーンからラストまで何度となく号泣必至の映画ですが、音楽が号泣トリガーになっているので、もしサントラができたら曲ごとに泣いちゃうんだろうなあ。そんな音楽の効果を最大限に感じるためにも、絶対に映画館で観た方がいい作品です。
最後に流れる主題歌『En Stund på Jorden』(「地球で許された時間」といった意味)を歌うLALEHは、イラン系スウェーデン人。もしや狙った!?と、インタビュー時に監督に聞いたところ、この曲を選んだのはあくまでもいい曲だったから、歌のメッセージに共感したからとのことですが、パルヴァネと同じくイラン系という偶然には驚き。偶然も引き寄せてしまうホルム監督、「持ってる」人なんだなあと思ってしまう。(このテキストを書きながらLALEHの歌声を聴いてまた涙ぐんでいます)。

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それにしてもハンネス・ホルム監督はストーリーテリングが上手い。一般的に北欧映画は社会問題にフォーカスした作品が多いと言われますが、ホルム監督はあくまでもドラマとしての面白さを追求するタイプ。伏線を張りめぐらせ、丁寧に回収していく。クドカンを思わせるのはそんなところかもしれません。ユーモアをベースにドラマを進めつつ、さりげなく社会問題を取り入れるのも思えば似ています。70〜80年代のスウェーデンでは男女平等も、障害者のための社会作りも進んでいなかったこと。住宅や福祉に関して北欧は理想郷のように語られるけれど、あの白シャツの役所の男たちのような胸糞悪い人間が実際にいるのかもしれないこと。一つ一つのエピソードはテンポよくさらりと描かれるだけですが、メディアの「北欧はいい国」といった雑なまとめ方に、ちょっと待てよと気づかせてくれる。ちなみにホルム監督は前作『青春の背後』でも、親の事情で友人から取り残されていく青年の成長物語を軸に、60年代に実際に起こった事件を描き、ドラマと社会問題をバランス良く取り扱っています。
オーヴェの人生には、目を覆いたくなるような悲劇が起こります。観ている私たちも目をそらしたくなる。けれどその悲劇を象徴する物が、ある日パルヴァネとの出会いを通して昇華するのを私たちは見届けます。現実の世界ではそんなに上手く伏線が回収されることはないかもしれない。でも奇跡が起こることもある。永遠に心を閉ざしたくなるような悲劇が、それでもいつか昇華するかもしれない、そんな人間の強さと人生の面白さをハンネス・ホルム監督は私たちに見せてくれるのです。
『幸せなひとりぼっち』公式サイト
12月17日よりロードショー
監督・脚本:ハンネス・ホルム 出演:ロルフ・ラスゴード 
原作:フレドリック・バックマン 訳:坂本あおい(ハヤカワ書房刊)
2015年/スウェーデン/原題:EN MAN SOM HETER OVE /5.1ch/116分/シネスコ/
日本語字幕:柏野文映 後援:スウェーデン大使館

3件のフィードバック

  1. 2016年11月28日

    […] 『幸せなひとりぼっち』映画レビューはコチラから […]

  2. 2020年7月16日

    […] 大ヒット作『幸せなひとりぼっち』の作者フレドリック・バックマン原作による『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』。前作につづいて映画も本国で大ヒットした模様で、スウェー […]

  3. 2023年10月31日

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