2022年の北欧映画ベスト5





え〜、今年は選ぶのが難しかったです。上半期ですでにベスト5を見てしまったのでは?というくらい当たりが多かったのですが、後半にもすごいのが控えていました。どうしよう、選べない。でも選びました。さあ、いってみましょう!

1.世界で一番美しい少年(スウェーデン)

今年最初に観た一本で、新年早々いきなりガツンと殴られたような衝撃でした。あの『ベニスに死す』の少年タジオ、世界でいちばん美しい少年と讃えられたスウェーデンの俳優、ビヨルン・アンデルセンの人生を追うドキュメンタリーです。大御所ヴィスコンティに気に入られた少年が、家族に売られるようにして入った映画業界で直面したもの。絶対的な美の基準がある世界で、それを有してしまった少年の悲劇と再生(といっていいのか)。本作を観終えて、これまで映画を無邪気に楽しんでいた自分が呪わしくなるほど、重く辛い映画でした。お前も搾取する側の人間じゃないか、と突きつけられた気分でした。当のビヨルンは自分の人生に対して怒ることもできない。映画に出てくる、美の搾取に加担した人もさして自覚がない。唯一、怒りの声をあげるビヨルンの彼女が、真っ暗闇に差す一筋の光のようでした。

『ミッドサマー』が公開された時に「あの美少年が、あんなヨボヨボの老人に!?」とビヨルンの出演にも注目が集まり、「あんなに美しかったのに……」的な意見も散見されたのですが、本作を見てからだと、ついに美から解放されたビヨルンが生き生きしているようにも見えてきます。本作にちらっと映るミッドサマーの撮影現場は和やかそうでしたしね。昨今、どんどん明るみに出る映画業界の問題の根深さを目の当たりにする辛い作品ですが、映画が好きな人にはぜひ見てほしい一本です。

2.ライダーズ・オブ・ジャスティス(デンマーク)

デンマークの異端児アナス・トマス・イエンセン監督と北欧の至宝マッツ・ミケルセン、そしてデンマークの宝であり私の推しニコライ・リー・コスの再タッグ。列車事故で家族を失った軍人と、それが計画された犯行だと疑う統計学者が事件の真相を追う物語……というとサスペンスタッチに聞こえますが、これナチュラルに陰謀論にはまっていってしまう人々の話なんですね。変なおじさん達による正義の暴走と言い切ってしまうには、おじさんたちが可愛すぎるし、偶然の合致(に見えるだけなのだけど)で「裏がある!」と思い込んでしまうのって、自分にもあるあるなので笑いが引きつってしまうわけです。相変わらずの暴力解決と攻めすぎユーモアは健在ですが、いつもちょっと居心地が悪かった女性の描き方が変わっていたのも良かった。トマス・ヴィンターベアに爪の垢を煎じて飲ませたい。しかし、困った人々の群像劇を描かせたら右に出るものはいませんね、イェンセン監督。

ファンタビのグリンバルデル役などでますます人気の高まるマッツ先生ですが、新しくファンとなられた方におきましては、ぜひ故郷デンマークの作品に出るのびのびとしたマッツも堪能してほしい。それから本作は実際にはニコライとのW主演です(本国の映画祭では二人揃って主演男優賞にノミネートされてますからね!)。おそらくマッツともっとも多く共演している男、ニコライ。世界でもっともマッツを活かせる男、ニコライもひとつどうぞよろしくお願いします。

3.FLEE/フリー(デンマーク)

アカデミー賞の国際長編映画、長編ドキュメンタリー、長編アニメーションの3部門にノミネート……とは何ごと!?どんな作品なの!??と驚きましたが、観て納得。祖国に家を奪われ、家族と引き離され、逃れてきたデンマークでもアフガニスタンからの難民であることをひた隠しにして生きてきた主人公が語る物語は、アニメーションでなければ描けなかったもの。そしてこれ、アニメーションだからこそ観る側もかろうじて受け止めきれるのではと思う。「フィクションの方がより現実の問題を描くこともできる」と誰かが言ってましたが、アニメだからこそ描けたし、より多くの人に伝わったのではないか。主人公の青年アミンとヨナス・ボヘール・ラスムセン監督の長年の信頼関係があってなお、ぎりぎりのバランスで映像化された作品であり、本作に惚れ込み製作に名乗りをあげたリズ・アーメッドとニコライ・コスター・ワルドーにも拍手。こっちのニコライもいい仕事をしました。

4.わたしは最悪。

今年のカンヌ映画祭では審査員も務め、勢いにのっているヨアキム・トリアー監督、待望の新作。カンヌ(2021年)の主演女優賞獲得をはじめ賞レースでも健闘し、公開前から注目が集まっていた本作は、ここ数年公開された北欧映画の中でも際立つ大ヒットとなりました。主役のユリアを演じるレナーテ・レインスヴェがいい。相手役のアクセルを演じるアンデルシュ・ダニエルセン・リーがいい。そしてオスロの町の美しさよ。ニューヨークやパリのように映画で自分の町を紹介したいと話していたトリアー監督の言葉にぶんぶんうなずきたくなる作品。オスロ好き、街歩き好きにはたまらない一本。「主役のレナーテのために作った」と監督は語っていますが、いやいやだいぶ男性視点ですねとツッコミもある本作。ワタシ的には監督自身の葛藤が反映されているようでそれも面白かったです。アンデルシュによるアクセルのキャラクター作りが良すぎて監督が肩入れしちゃったのではないか、ついつい自身を投影してしまい手心を加えたのではないか、監督はアンデルシュのことを好き過ぎるから(もう会えないのが悲しいとクランクアップで泣いたらしい)、ああしかならなかったのではないか。そんなことを思いながら観ました。だから日本の公式サイトの寄稿にあるような「いきすぎたポリコレうんぬんを腐す」ていう作品ではないと思いますけどね(あの寄稿は、ないわー)。いつの日かトリアー監督にインタビューする機会があったらそこんとこ聞いてみたいです。なんでそこまでアクセルの役をロバート・クラム的にしたかったのか?ってことも。60〜70年代のアメリカで受けたアングラコミックを21世紀のオスロで復活させたら、そりゃあボコられるでしょうよと思うのですが、なんであえてクラムだったんでしょうね?……と観てからずーっと考えています。誰か監督にインタビューさせてください。

ここまでが上半期で上映された作品です。もうベスト4埋まった!あと1本どうする!となって、結局こうなりました。

5.NOVEMBER/ノベンバー(エストニア)

今年最後の衝撃はエストニアからやってきました。アニミズムという、わかるようでわからない信仰の世界に引きずり込まれるような映画『ノベンバー』。北欧では11月は死者の月。エストニアの貧しい村には死者が普通に戻ってくるし、謎の生命体もいる。強烈な貧しさと過酷な運命の描き方は、30年ほど前に世界を驚愕させたロシア映画『動くな、死ね、甦れ!』を彷彿とさせました。一方で幻想的で寓話的でもあり、あの謎の生命体といい、シュヴァンクマイエル的でもある。いや〜すっごい才能がいるんですねえ。観終えてからずっとあの映像美にひきずられ、登場人物たちのことを考えてしまうような映画です(それもまた『動くな、死ね、甦れ!』っぽい)。

次点:ギャングカルテット(スウェーデン)

『ぼくのエリ』のトーマス・アルフレッドソン監督による新作は、80年代にスウェーデンの子ども達に愛されたコメディ映画「イェンソン一味」シリーズのリメイク。寡作だし、ジャンルにこだわらなさすぎだしで、いまひとつ評価が追いついてない感のあるアルフレッドソン監督ですが、この方のいいところは原作のもつ世界観へのリスペクトが半端ないってことではないですかね。だから元の世界観を知ってたら本作ももっと楽しめただろうな〜まあ知らなくてもじゅうぶん楽しいけどな〜という作品でした。アルフレッドソン大好き人間としては、これが5本目になるであろうと思っていたのですが、ノベンバーがすごすぎました。

番外編
あともうひとつ、この作品についてはどうしても触れておきたい。
見えるもの、その先に ヒルマ・アフクリントの世界

美術史を揺るがす事件といわれた、スウェーデンの女性画家ヒルマ・アフ・クリント。彼女が再評価されるまでの道のりを追うドキュメンタリーです。美術史というか歴史ってつくづく人が作るものなんだなと恐ろしい気もしたし、地道な活動で再評価へとつなげた人々の熱意が素晴らしい。1で紹介した『世界で一番美しい少年』のビヨルンの彼女のように、「それじゃまずいでしょ!」と怒り、事を起こした人々、映画化した人々に喝采を送りたい。

総括
2022年前半は『ロスバンド』『a-ha the movie』『わたしは最悪。』とノルウェー勢が飛ばし、その後アイスランドの『ラム』の盛り上がり、2023年にかけてはカンヌでグランプリ獲得の『コンパートメントNo.6』、フィンランド映画祭で話題となった『ガール・ピクチャー』、マリメッコのマイヤ・イソラの自伝映画とフィンランド勢がぞくぞく公開決定し、これまで北欧映画を牽引してきた、層の厚いスウェーデン&デンマークに他国がぐいぐい追いついてきてる感ありますねえ。それにしても『ロスバンド』も『a-ha the movie』も『ラム』も観た時にはベスト5に入ると思っていた好きな作品なんですけどねえ……それだけ充実の本年でした!

今年は東海大学の北欧学科でゲスト講師をしたり、同大学の生涯学習講座でも講師をさせてもらうなど、北欧映画について考え、伝える機会が多い一年でした。映画好きはもちろん、まだ良く知らないという学生さん、受講生の方からの意見やフィードバックももらえて、どんな作品が興味をもたれやすか、などなど気づきも多く。講座はまた来年もつづくかも……ですので、ご興味ある方はぜひチェックしていただければと思います。ご参加いただいたみなさまにも改めて感謝です!

配信編
最後に、本年は私にとって『特捜部Q』元年でもありました。ずっと気にはなっていたのですが、ついに観ました。あっという間に観てしまいました。いや〜これを観なかったとは人生を損していました。ただいまアマプラでニコライ主演版の4本全部が観られます。超おもしろいです。観る順番は『檻の中の女』→『キジ殺し』→『Pからのメッセージ』→「カルテ64』です。無事、4作全部を観終えた方は、これを観て癒やされましょう。

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2023年公開の作品についてひと言

ノースマン 導かれし復讐者』(アイスランドが舞台) 1月20日より公開

A24の秘蔵っ子、ロバート・エガース監督の新作はアイスランドが舞台のアクション大作。これ映画というよりアトラクションです。ハリウッドが描くライトな北欧神話をせせら笑うかのような暴力!裏切り!!復讐!!!てんこ盛りの、気力も体力も削られる一本です。アイスランドの作家ショーンが脚本を担当しているので、なんちゃって北欧感もない(ちょっぴり中2感はある。褒めてます)。イーサン・ホーク、ニコール・キッドマン、アニャ・テイラー=ジョイなどハリウッド組に、ビヨーク、『ザ・スクエア』のクレス・バングと北欧の個性派も揃って、ま〜俳優陣が豪華。主演はスウェーデンが誇る俳優一家スカルスガルド家のお兄ちゃん、アレックス・スカルスガルドです。中2感はアレックスのせいかもしれない(褒めてます)。

コンパートメント No.6』(フィンランド) 2月10日より公開

カンヌでグランプリを獲得、世界の映画祭で17冠の話題作。舞台となるのはロシアの寝台列車で、ロシアで寝台列車には絶対に乗ってはいけない……と思わせる冒頭からの、まさかの展開。エルピスの村井さんが好きな人にはぜひ観てほしい。前作『オリ・マキの人生で最も幸せな日』の時もそうでしたが、何がどうなるという物語ではないのですが、いたたまれないシチュエーションとか、ほんの少し救われる瞬間とか、そういう些細なことを描くのが本当にうまい。それにしてもウクライナ侵攻前に本作が作られて、いまこれを世界の人が観てるっていうのがすごいなあ。

マイヤ・イソラ 旅から生まれるデザイン』(フィンランド) 3月3日より公開

フィンランドといえばマリメッコ、マリメッコといえばのマイヤ・イソラです。ウニッコ柄の生みの親であり、マリメッコで500点以上ものデザインを手がけたテキスタイルデザインの神。これまでも評伝や展覧会などで、イソラが旅を好み自由に生きることを選んだ人であることは伺えたのですが、ここまでとは……!有名になる前のトーベ・ヤンソンを描いた『トーベ』しかり、リンドグレーンの若き日の苦悩を描いた『リンドグレーン』しかり、類まれなる才能があって飄々と人生を突き進んだように見えても実際はすごく葛藤してたり自信がなかったり、そしてこの時代の女性が働いて好きなことをして生きるって本当に大変なことだよなと改めて敬意を表したくなる。それにしてもよく作ったなと思う。家族にとっては痛みのある物語でもあるだろうにな、と。あとマイヤの神がかった作品が作られていくイメージ動画が面白いです。これぞ映像の自由さよ!とイソラの人生とも重なりました。

『ガール・ピクチャー』(フィンランド) 4月7日より公開

『ゴーストワールド』『ブックスマート』『オンネリとアンネリ』……古今東西の青春女子映画をミックスしてフィンランド的ユーモアをまぶした宝物みたいな作品です。シンディー・ローパーのファッションとノリ、クロエ・セヴィニーの粋と存在感、フローレンス・ピューのコミカルさを備えたロンコ役のエレオノーラ・カウハネンが素晴らしい。そしてこの作品、出てくる男性陣といい世界がやさしい。いまのフィンランドの青年たちってそうなのか?それとも理想?やりたいことが見つからない、自分がわからないと悩む思春期の女の子が、たとえ自暴自棄になってもむやみに傷つかない世界っていいなあと思う。

このほか秋にはアルヴァ・アールトの映画もきますし、カンヌで2冠制覇のリューベン・オストルンド監督『Triangle of Sadness(原題)』はいつ来ますかね〜〜カウリスマキ御大も何やら始動しているようですしね〜〜来年もまた北欧映画を楽しみましょう!みなさま、良いお年を!