12/24公開。ほかの誰かにとっての「普通」を考え続けること『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』

デンマークのアカデミー賞にあたるロバート賞で9部門にノミネート、メイクアップ賞と児童青少年映画賞に輝いた『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』。サッカーが大好きな少女エマはある日突然、両親から離婚を切り出され、さらにその理由が「父親が女性になるため」と知る……そんな驚きのストーリーは、11歳の時に父親が女性になったというマルー・ライマン監督の体験が下敷きになっています。

近年はトランスジェンダーをテーマにした作品も増え、以前に比べれば社会の理解も進みつつあるとはいえ、でももし自分の父親が突然、女性になると言い出したら…?それもまだ幼く多感な時期だったとしたら?大好きなお父さんが変わってしまう、自分の知る父でなくなってしまう、父との思い出が消えてしまうのでは……と不安を感じ葛藤するエマに共感せずにはいられないし、自分らしく生きるため女性になることを選ぶトマス/アウネーテの生き様にエールを送りたい、送るべきだと頭ではわかっていても、エマの気持ちを差し置いて女性らしく振る舞う姿にとまどってしまうのです。

物語の途中、「それならどうして結婚したの!?子どもを持ったの??」とエマが怒りをぶつけるシーンがあります。たしかに今の時代だったらトマス/アウネーテはもっと早くに別の選択をできたのかもしれない。デンマーク発の本作がトランスジェンダーの物語と聞いた時にとっさに頭に浮かんだのは『リリーのすべて』(世界で初めてトランスジェンダーの手術をしたデンマーク人画家の物語)で、あの時代に比べれば随分とよい時代になったなあ……などと最初こそ気軽に思っていたものの、本作の舞台となる90年代はまだトマスも「男性として生き、女性と結婚することが普通」な時代の圧力のもとで、自分を押さえつけてこなければいけなかったわけで。

そしてトマス/アウネーテにとってエマがかけがえのない娘であることは変わらない。それこそが本作のテーマなんですよね。本作はタイトルをはじめ物語全編を通して「完璧に普通な家族ってなんだろう?」と繰り返し問いかけてきます。家族は変化していくものだし、子どもたちはもちろん両親だって成長したり挫折したり変化していく。そして本作が何より素晴らしいのは、頭ではわかっていても気持ちの上では受け入れがたい変化に対する本能的な不安や恐怖が、エマの視点を通してリアルに自然に描かれていること。それは誰もがもつ不安であって、不安を感じてしまうことは間違いではないこと。けれど、それでも誰かにとっての普通を考え続けることが大切なのだ、と本作は強く訴えかけてくる。変化を受け入れられないエマの焦りも、葛藤を超えていくエマの姿もどちらも本当で、その先にいるのが本作を作ったライマン監督であるというのが、もう現実ってすごいなあ!と思わずにいられない。

主人公エマを演じるカヤ・トフト・ローホルトの演技がとにかく素晴らしいのですが、プロダクションノートによると、カヤには聴覚障害のある父親がいて、その体験が彼女の自然な演技に活かされているとのこと。そしてエマとは対照的に父親の変化をすんなりと受け入れてしまう姉カロリーネ役のリーモア・ランテも素晴らしい。彼女のような存在がどれだけ悩める家族や頭の固い社会を照らす光となっていることか。そして自分よりも自然に変化を受け入れてしまえる姉へのコンプレックスや憧れ、抵抗もまたリアルで共感できるのですよねえ。悩める父トマス/アウネーテを演じるのはミケル・ボー・フルスゴー。『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』のデンマーク国王役、『ヒトラーの忘れもの』での軍人役などが印象的なデンマークの人気俳優です。トランスジェンダーやマイノリティの役にありがちな自分を犠牲にするような優等生的なキャラクターではなく、女性になる喜びや不安定さが表現されているのが良かったし、回想シーンでの本当に良いパパぶりがまた対照的で泣けてくる。トランスジェンダーの役はトランスジェンダー俳優が演じるべきとの声もあがったそうですが「変わらないパパでいてよ!」と願うエマの気持ちがひしひし伝わってくるのも、あの回想シーンが素晴らしいからこそ。男性として生きていた時代もリアルに演じる必要があり、ミケルで正解だったという監督の言葉にも頷きます。

この12月、こんなニュースが日本では流れました。「性同一性障害の父親が戸籍上の性別を変更しようとしたところ、未成年の子をもつ親は性別変更できない規定がある。父親が、それは憲法に反すると申し立てをしたものの最高裁によって合憲と判断されてしまった」と。要するにエマのような幼い子どものいる父親は戸籍上、性別変更できないと国に決められてしまっているわけです。その理由は「家族の秩序を混乱させ、子どもの福祉の観点からも問題が生じないような配慮から」。ちょうど本作を観たすぐ後だったこともありこの決定には失望し、怒りも感じました。これを合憲だとした人々は、エマのような子どもを守っているつもりだろうけれど、実際にはこんな決定がどれだけ当事者を追い詰めているのか、と。デンマークといえば元祖「幸せの国」です。日本でもその秘訣をなんとか学びたいとさまざまなメディアで特集が組まれていますが、本作を見ようよ、と私は言いたい。「誰もが自分にとっての普通を尊重してもらえる社会」はどうやったら実現するのか、それを考えるべきなんだ、と。それを考え続けることこそが、幸せにつながるんだと私は思うのです。

マルー・ライマン監督にインタビューする機会をいただき、印象的なシーンやキャスティングなど製作秘話をずばり聞いてみました。間もなくアップしますので、ぜひそちらも合わせてお読みください。 →「自分の問題だと共感してくれる男性が多かったことに驚きました」『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』マルー・ライマン監督インタビュー

12月24日〜全国順次公開『パーフェクト・ノーマル・ファミリー

2件のフィードバック

  1. 2021年12月23日

    […] 作品紹介&レビューはこちらより →12/24公開。ほかの誰かにとっての「普通」を考え続けること『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』 […]

  2. 2021年12月29日

    […] てどうぞ。 12/24公開。ほかの誰かにとっての「普通」を考え続けること『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』 […]