「自分の問題として共感する男性が多かったことに驚きました」『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』マルー・ライマン監督インタビュー

12月24日より公開となるデンマーク映画『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』。子どもの頃に父親が女性になるという自身の体験をもとに作られた本作のマルー・ライマン監督にインタビューをしました。

作品紹介&レビューはこちらより →12/24公開。ほかの誰かにとっての「普通」を考え続けること『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』

-予告編にも入っていますが、トマスが女性としてエマと対面するセラピーのシーンで、頭にぐるぐるとマフラーを巻いて拒絶するシーンが印象的でした。あれは実際にあったことなのでしょうか?

この映画を通して言えることですが、本作はさまざまな経験を組み合わせて作られています。事実そのままではないシーンも多くあるんです。ただ、あのシーンは私が体験したこと。実際には父が手術をする前に家族セラピーは始まっていたのですけれどね。

私は、女性になった父と会うのがとても怖かったんです。一方で、どうなっているのか見てみたいという思いもありました。父が部屋に入ってきて、父の声が聞こえて、私の隣に座ったんです。スカーフのすきまから父のピンク色のズボンが見えて、うわあ!って思ったんですよね。でもスカーフをとって父の目を見たら、変わらず私の父の目だった。

その時、2つの感情が湧いていたんですね。「いやだ、思ってたよりも最悪だ!」という思いと、同時に「ああ目の前にいるこの人は、私の知っている人だ」という思いと。

-堅信礼のシーンも印象的でした。エマがカロリーネに歌を捧げるシーンがありますが、ああしたことはよくあるのでしょうか。またあの歌はどのように作られたのでしょうか。

※堅信礼とは洗礼を受けた信者が正式に教会員となる儀式で一般的に15歳前後で行われる。日本の成人式と近い位置づけ。

はい、堅信礼でああやって歌を歌ったり、その人のためのスピーチをするのはよくあることなんです。歌は主に替え歌で作るのですが、その人自身を表現する歌詞にするんです。歌詞を考えたのは私と作曲担当のオーガストです。彼は素晴らしい作曲家なのですが、今回の作品ではオリジナルの曲を入れる機会がそれほどなくて。なので、このシーンで彼のアイデアを形にできたのは良かったですね。

父親が性移行することで仲違いしてしまっていた姉妹が仲直りする美しいシーンであり、諍いがやわらぐことが伝わる良い場面になったと思います。

-姉カロリーナの役柄が物語に深みを与えていたと思います。どのように役作りや役者選びをされたのでしょうか?

まずエマとトマス役の二人は決まっていたんですね。それでカロリーネ役を選ぶためにオーディションでたくさんの子に会いました。最初は別の人を選んだのですが、カヤやミケルとの相性を見たら、なかなかうまくいかずに選び直すことになったんです。それでリーモアに出会ったのですが、ティーンエイジャーらしい振る舞いやガーリーな部分などがカロリーネらしく、カヤと対照的なところもいいなと思ったんです。あの二人は性格も全く違います。二人の違いを描くことがこの作品では重要だったのです。リーモアなら、父の変化をすっと受け入れられるカロリーネという役柄をリアリティを持って演じてくれる、と思いました。彼女自身がそういうパーソナリティだったんです。カヤとミケル、そしてリーモア。あの3人が演じることで生まれるケミストリーもありましたね。あの役は私が一方的に作りだしたものではなくて、彼女自身のパーソナリティによるところもあるし、もちろんそれだけでなく3人の関係から自然にできあがっていったものでした。

当時私の姉も14歳で、彼女はフェミニンなタイプで、父に対して私とはまったく違う反応だったんですね。父が性移行したことで、私は父と共有していた何かを失ってしまった気がした一方で、姉にとっては何か通じる部分が増えたんです。そうした面も作品には反映させています。

-デンマーク国内での反応はどうでしたか?北欧は先進的といわれる一方で、デンマークは保守的という話も聞きますが。

そうですね。おっしゃる通りデンマークはスウェーデンと違って保守的といえます。スウェーデンはもっと幅広くジェンダーについて理解が深まっていると思います。デンマーク人は自分たちのことを許容力があると思っていますが、実際には保守的なんですよ。ただ本作は非常に好意的に受け入れられました。試写で見た人たちからの反応もよくて、感動したと言ってくれる人も多かった。

ちょっと驚いたのは本作を見て自分の家族の問題と通じる、自分の問題として共感できるという人が多かったことです。とくに多くの男性の感情に訴えたようなんです。父と娘の関係を描いた作品として、とても共感できると。もちろん彼らが性移行という体験をしたわけではありません。さまざまな変化が起こるなかで娘との関係を保っていく、そのテーマに共感したと。それはまさに私が本作で描きたかったことで、私はこの作品で親の性移行について描きたかったわけではないんです。家族にはさまざまな変化が起こっていきます。それは離婚だったり、病気だったり、死かもしれないし、そういう変化をどう受け止めていくかを描きたかった。大きな変化は家族の関係にも影響を及ぼします。そこに反応してくれる観客が多かったことに驚きましたし、すごく良いことだと思いました。

もちろんこうしたジェンダーについての作品に怒りをぶつけてくる人もいます。トランスジェンダーであるトマスの役を男性が演じることに怒りを感じる人もいました。また伝統的な家族の価値観を壊すプロパガンダだと制作会社に対して怒りをぶつけてくる声もありました。賛否両論は当然あったのですが、でも怒りの声は基本的にはオンラインできていて、会った人たちで怒っている人はいませんでしたね。だから実際に映画を見た人たちは作品に気持ちを動かされたのだろうなと思いました。

-今年はデンマーク映画の『アナザーラウンド』がアカデミー賞を受賞し、それ以前にはテレビドラマの『コペンハーゲン』も世界でヒットしています。デンマークの映画やテレビ業界におけるジェンダー問題についても少し教えていただけますか?

そうですね、デンマーク映画界は確かに長いこと男性中心的でした。『コペンハーゲン』には非常に興味深いキャラクターが出てきます。デンマーク初の女性首相となるわけですが、ドラマの影響か実際に女性首相が誕生したのも面白い現象でした。でもあの作品も男性視線で描かれたものです。男性が脚本を書き、男性が監督した作品なんです。デンマークにもスザンネ・ビアやロネ・シェルシグなど優れた女性監督がいて私も影響を受けていますし、彼女たちのおかげで自分だって映画監督になれるんだと思うことができました。ただ先輩世代は男性中心の業界で作品を作っていかねばならず、それをどこかで受け入れていかなければならなかったと思います。一方で私達の世代はもっと女性的な部分も作品に反映していけます。監督という役割として、自分の脆さや弱さもスクリーンに反映していくことができる。それは作品の上だけでなく、働き方の上でも、そうしたことができると思っています。

パーフェクト・ノーマル・ファミリー』は12月24日〜全国順次公開。

3件のフィードバック

  1. 2021年12月24日

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  2. 2021年12月29日

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  3. 2021年12月29日

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