10/1(金)〜公開。トーベのDJで朝まで踊りたい『TOVE/トーベ 』

楽しみにしていた映画『TOVE/トーベ 』がいよいよ公開となりました。ムーミンの作者として知られるトーベ・ヤンソンの人生、それもまだムーミンが世に出る前の、若き日の時代にスポットをあてた作品です。ムーミン誕生秘話、本作の登場人物とムーミンの物語に出てくるキャラクターとの関わり、そして本作の肝となっているトーベの恋愛など、語りたいことは山ほどある本作ですが、おそらくあまり語られることはないであろう音楽についてまず記しておきます。

本作の劇伴がめちゃくちゃいいのですよ。映画の舞台となる1940年代はジャズの時代。トーベもジャズを聞いて踊りまくってます(ポスターなどメインビジュアルでもトーベが軽やかに踊ってます)。要所要所でかっこいいジャズが流れるのですが、まず冒頭、芸術家仲間とのパーティシーンでジョン・カービィがかかって驚いた。この時代、フィンランドの芸術家たちはこんな曲で踊ってたのか……と。フィンランドという国は第2次世界大戦中は対ソ連のためにナチスドイツと手を組むことになります(その後ソ連との休戦にともないドイツと戦うことになりますが)。ドイツと手を組めば、間接的にジャズは敵国の音楽となるはず。でも自由で奔放な芸術家の卵たちは最先端のジャズを聞いて踊っているし、トーベは政治風刺雑誌の表紙にヒトラーを皮肉ったイラストを描いたりしている。反戦の姿勢を貫き、自由に生きようとしたトーベの反骨精神が、本作ではジャズを通じても描かれているように思えます。

運命の人ヴィヴィカと出会ってから流れるのは芸術家の憧れの街、パリを思わせるエディット・ピアフやジョセフィン・ベイカーの歌声。その後、トーベがパリを訪れるシーンでは華やかなマヌーシュスウィングが流れます。全編踊りたくなるような音楽が多いのですが、とくに秀逸だったのがヴィヴィカの不義理が判明し、やけを起こしたトーベの部屋で仲間と朝まで騒ぐシーン。ベニー・グッドマンの代表曲『シング・シング・シング』に始まり、後に続く曲がまあ、ダンサー好みの緩急織り交ぜたヘビーな曲ばかり。やだ、トーベ先輩わかってるわあ。このシーンではトーベ自身が蓄音機をまわしたりアコーディオンを奏でたりと音楽を盛り上げていて、DJトーベにしびれる!もっとかけてくれー!と気持ちがブチあがっちゃいましたね。

アトスとの別れを思わせるシーンで、グレン・ミラーの『イン・ザ・ムード』(レッドロブスターのCMでおなじみだった曲)がかかったのも面白い。あれもスウィングジャズ時代の代表曲とされていますが、踊るにはダルいリズムなのです。トーベもどこかイラつきぎみに体を揺らしてる。好きなのに自分とは合わなかった相手との関係を象徴しているかのようです。

この選曲の妙は狙っているのか?と気になり、音楽担当のマッティ・バイについて調べてみたらグルドバッケ(スウェーデンの映画賞)に2回もノミネートされてるんですね(うち一回は受賞)。最近だとネットフリックスの『ヤングヴァランダー』も担当しています。華やかなキャリアの一方でヴィクトル・シェストレム監督の『霊魂の不滅』(1920年代のホラー映画)に新たに音楽をつけたりとなんだか面白い活動もされている。古いジャズにも詳しそうだし、冒頭のパーティでの選曲といい、グレン・ミラーの使い方といい、確信犯的にやっているのではないかと思える。

……とマニアックなことを綴ってしまいましたが、細かいことなど知らずとも本作における音楽が物語をより勢いづけていることは体感できるのではないかと思います。では続いて『TOVE/トーベ 』を観ていて思い出した北欧映画を2つ、ご紹介しておきます。

まず2018年に製作された『リンドグレーン』。本作とは類似点がとても多い。主人公が国や時代を越えて愛される児童文学作家であること。どちらもスウェーデン語が母語であること。ムーミンやピッピなど代表作が生まれる前の物語であること。原題はどちらも彼女たちのファーストネームが入っていること(まだ何者かになる前の物語であることを示唆)。二人ともおしゃれ。ジャズ好き。めっちゃ踊る。狂ったように踊る。そしてトーベは同性愛者であり、リンドグレーンは私生児を生むという、当時は身を滅ぼしかねないほどのタブーとともに生きてきたこと。どちらの作品も主人公は傷ついて自信を失いそうになりながらも、自分の才能を信じ、自分らしく生きていく物語であること。

女性の苦しさ、生きづらさが女性同士で共有されるようになったいまの時代に、どちらも出るべきして出てきた映画なんだなと思うんですよね。子どもたちに勇気や寛容、思いやりの大切さを伝えてきた作家が、いま女性たちに向けて互いに支え合うことを伝えてくれているようだなと。

 『リンドグレーン』のレビュー→ 彼女が選んだ服と言葉が、リンドグレーンになるまで。

もう一本はトーベと同じくフィンランドを代表するアーティストであり、ゲイカルチャーの先駆者トム・オブ・フィンランドことトウコ・ラークソネンの人生を描いた『トム・オブ・フィンランド』。トウコとトーベは生まれた国も時代も同じというのに、トウコは常に命の危機にさらされて(当時フィンランドでは同性愛は犯罪だったため)、国を離れることで自分のアイデンティティを保とうとします。これは男女の差だろうかとも思えるのですが、『TOVE/トーベ 』で描かれた世界とはずいぶん対照的です。

 『トム・オブ・フィンランド』のレビュー→わたしにつながるマイノリティの物語

『TOVE/トーベ 』主演のアルマ・ポウスティがインタビューで「この映画にはジェンダーやセクシュアリティによって差別されたり、罰せられたり、苦しんでいる人は登場しない」と語っていて、そうだまるでムーミン谷の実写版のように、すべての生き物を受け入れるような世界観が本作にはあるなと改めて思いました。だからいつまでも観ていたいような気になる。最後はかなり潔い幕切れとなる本作ですが、トーベ・ヤンソンの世界の余韻に浸りたい方は、ちょうど今年刊行されたこちらもおすすめ。

画家、小説家としても才能を発揮したトーベですが、短編小説がいいんですよね。両親や親戚のこと、映画で登場したアトリエのことなども描かれています。

『TOVE』公式サイト