『枯れ葉』主演のアルマ・ポウスティさんに聞く、人間カウリスマキとユニヴァース

いよいよ15日から公開となるフィンランドのアキ・カウリスマキ監督最新作『枯れ葉』。第76回カンヌ国際映画祭審査員賞、2023年国際批評家連盟賞年間グランプリに輝き、TIME誌が選ぶ2023年のベスト映画で1位に選出と各国で話題をよぶ本作ですが、日本公開に先駆けて主演のアルマ・ポウスティさんが来日。

アルマさん演じる主人公アンサのこと、また名物監督との仕事について、そしてムーミンの生みの親であるトーベ・ヤンソンを演じた前作『TOVE/トーベ』のことまで伺いました。(一部、映画のネタバレも含みますので、ぜひ鑑賞後にご覧ください!)

-カウリスマキ監督と仕事をされて、どうでしたか?

彼は大きなハートをもったヒューマニストです。もちろん巨匠ですが、とてもやさしいんです。彼が書く脚本はすごく短くて、でも詩的でユーモアにあふれています。脚本は短いのですが、監督には「どう撮りたいか」の明確なビジョンがあるんです。

35mmのフィルムを使って、モニターは見ないで。すべて現場で自分で進める、とてもオールドスクールな撮り方をしています。

-オールドスクールな撮り方は、フィンランドでもやはり稀なのでしょうか?

そうですね。フィルムはお金も手間もかかります。でも『TOVE/トーベ』はフィルムでした。あの作品も特別でしたね。それからスウェーデンのロイ・アンダーソンもフィルムで撮っていますよね。彼もレアなケースだと思います。


『枯れ葉』より Photo:Malla Hukkanen © Sputnik

-アンサの役作りはどのようにされたのでしょうか?アドリブなどはあったのでしょうか?

彼女について知りたいことは、すべて脚本に書いてありました。注意深く脚本を読んでいけば理解することができたので、わたしがあえてキャラクターを開拓する必要はありませんでした。

アキは「リハーサルしてはだめ。ひとりで練習してはだめ」というので、彼の過去の作品をすべて見直しました。アンサの役は、これまでの作品に出てきた誰かとどこかでつながっている、遠い親戚のようなものだろうと思ったんです。それからバーに出かけたり、スーパーマーケットで実際に物をつかんでみたりして、アンサが人生をどう捉えていたかを考えました。

彼女は貧しく孤独です。でもとても強い。たとえ悪いことが起きたとしても、プライドを持って生きています。友達や犬ともよい信頼関係を結んでいます。彼女には見る目があって、人生に大事なものをちゃんと選んでいるんですね。


『枯れ葉』より Photo:Malla Hukkanen © Sputnik

それから、とても実践的な人でもあります。電気代が払えないとわかったら、すぐにラジオのコンセントを引き抜くとかね。そうした彼女の行動から、人となりがわかります。お皿を1組しか持っていないのは彼女の孤独を表していますし、家族について語るセリフから悲しい境遇だったことがわかる。愛を信じるには困難な状況にいたことがわかります。こうした台詞や彼女が置かれている状況を読めば役を理解するには十分で、わたしが何かを付け足す必要はありませんでした。

-演じる上で、難しい部分はありましたか?

役を理解するという意味ではまったく問題はありませんでしたが、技術的な挑戦はありました。アキはワンテイクで進める監督なので、冷静に、次に何をすべきかを理解してのぞまないといけません。でもアンサは難しい役ではなくて、彼女の物語を探索するのはとても楽しい経験だったんです。共演のユッシ・ヴァタネンとはよい関係で演じられたし、犬のアルマとも、友人リーサ役のヌップ・コイヴとのアンサンブルも楽しみました。


『枯れ葉』より Photo:Malla Hukkanen © Sputnik

-カウリスマキ監督の映画ではダイヤル電話やラジオが使われ、「一体いつの時代なんだろう?」と思わせる面があります。そうしたユニークな時代設定について、どう思われますか?こうした時代性というのは、アンサの役にも反映されていたのでしょうか。

アキがオリジナルな、自分だけの時代を作っていることには興奮します。だから寓話的にも見えるんですよね。アンサはよくスカートを履いてますが、クラシックなスタイルですよね。仕事場で着ていたつなぎもそうです。

一方でアンサが、ホラッパが抱える問題を助けようとしないのは、とても現代的だと思いました。「あなたを愛してる。でもあなたは自分の問題を自分で解決しないといけない」と言えるのは、とても現代的な愛の形ですよね。愛する誰かを助けてしまうのは、非常によくある”罠”ですから。

-カウリスマキといえば色、音楽、服装やインテリアなどディテールを追求する監督です。アルマさんが好きな、ディテールのあるシーンはどこでしたか?

ああ、それはいい質問ですね。……そうですね、ジュークボックスのシーンです。アンサが働くことになるバーで『ヘイ・マンボ』がかかる場面ですね。カメラが段々とひいていって、店にいる客が映って。

彼らは何か考えている。ただ飲んでいる。椅子に並んで腰掛けていて、一人ではないけれど誰も何も話さない。一緒にいるのにとても孤独で、そこにイタリアのマンボがかかる、そのコンビネーションが素晴らしいですよね。色づかいもいいですし。カウンターにいる女性は、いつもどおりといった表情でそこに立っている。どこにでもある孤独の物語をリアルに、とても雄弁に語っているシーンだと思うんです。

-本作には、これまでのカウリスマキ作品の重要な人物もたくさん顔を見せますね。彼らとの共演はどうでしたか?

彼らはとても控えめで……それがカウリスマキのユニヴァースですよね。それぞれの作品からやってきたような彼らの台詞や、役柄との”遊び”によってカウリスマキのユニヴァースが生まれていますが、過去の作品を知らなくても本作は楽しめます。知らないと楽しめないような、気取った仕掛けではないところもいいですよね。

-心温まる友情が描かれていますが、実際のフィンランドではどうでしょう?

一度、友達になったらその関係は長く続くと思います。フィンランド人は正直で、最初は沈黙の時間がしばらくある。でも友情を築いたら、もうずっと友達、というような。すぐにどこかにいってしまうようなものではないんです。

沈黙というのはけっして不器用ゆえではなくて、信頼できる間柄だからこそ沈黙できることもありますよね。いろいろなことが起きても、とくに会話を交わさなくても、ただ座って沈黙を共有できるのは良い関係を保てている証だと思います。

一方で現代は、もう少しおたがいを気にかける時間を持てたらいいと思います。いまはエゴに生きる時代ですよね。自分だけでなく、もっとまわりの人々を見ることが大事だと思います。

-作品の中でウクライナについてのニュースが流れています。そうした監督のアプローチについてはどう思われましたか?またアルマさん自身は政治や社会的な問題にどう関わっていきたいでしょうか?

今回の作品でアキが戦争について触れたことには敬意を感じます。いま次々に戦争が起きて、世界をよくするのは難しい時代です。戦争だけじゃなく、気候問題ももっと気にかけないといけませんよね。地球がだめになってしまいますから。たとえ希望のない状況でも、何が起きているかを私たちは忘れてはいけないと思います。思いやり、気にかけること。それが唯一の解決策だと思います。

-カウリスマキが描く物語はとてもフィンランド的と言われますが、アルマさん自身はどう思われますか?

ええ、とてもフィンランド的だと思います。もちろんカウリスマキ流のカリカチュア的な描写もありますが、とてもフィンランド的ですね。


アキ・カウリスマキ監督と愛犬 © Sputnik

-カウリスマキ監督とはどのように出会ったのでしょう?

アキからわたしに会いたいと電話がきて、それでランチに行ったらアキとユッシと、プロデューサーがいて。もちろん私はアキの作品はすべて見ていたし、彼がつくったバーや映画館にも行きました。でもまさか実際に会えるなんて、それも一緒に映画を作るなんて夢にも思っていませんでした。ほんとうに夢のようなことって、夢見ることもできませんよね……それが現実になったから、ほんとうに幸せです。

-トーベ・ヤンソンを演じ、カウリスマキ作品に出て、フィンランドを代表する顔となることにプレッシャーはありましたか?

プレッシャーはもちろんありました!怖かったけれど、挑戦しがいがありました。トーベは本当に緊張しました。彼女は伝説ですから。多くの人にとって非常に重要な人物なので……誰も失望させたくないですしね。

でもわずか1時間半でトーベのような人物を表現するのは、そもそも難しいことです。だから監督がこう言ったんです。「どのみち失敗はするんだから、どうせなら面白く失敗しましょう」って。

誰もに愛される伝説的な人物をいかに伝えるかではなく、「トーベとともに過ごしましょう」って。いかに彼女の悲しみや闘いに近づけるか。そして問い続けるのが大事だと思ったんです。監督はとてもいいアプローチをしたと思います。ただ伝えるだけなんて、そんなの退屈ですからね。だから、とても成功した失敗といえるんじゃないでしょうか。

ただプレッシャーは何も生まないですよね。あってもいいけれど、ストレスになるのはよくない。だからリラックスできるように、自分が居心地よくできるようにと意識しました。アキはわたしたちと同じ人間で、美しくて温かい心の持ち主で思慮深い人。だから恐れるべきではないと。ええ、でももちろん彼は最良のものを作りたいわけで……責任は感じますよね。

-11月に渋谷のユーロスペースで開催されたフィンランド映画祭では『4人の小さな大人たち』も上映されました。あの作品のユーリアは今回のアンサとは対象的な役柄でしたね。トーベも個性的な役柄でした。役によって親しみを感じたり、演じやすいと感じることはあるのでしょうか?

ああ、それは「自分の子どものなかで、誰が好き?」っていう質問のようなもので……わたしにとって役作りとは、知らない人と友情を築くような感じなんです。役者は役を信じる必要があって、役を深く知るほど、彼らは信頼を返してくれて、秘密を教えてくれる。

アルマという個人はそこには関係ないんです。もしアンサやユーリアを私がジャッジしたり、同意できずに自分の考えを述べるとか、そういうことをしてしまうと役柄との信頼関係が壊れてしまいます。それをするとクリシェ(概念)を生み出し、距離ができてしまう。それはしたくないんです。その役がしていることを、わたしは守り肯定したい。たとえ個人的にはやらないことだとしても。

わたしは演じることを通じて、人間を知りたいんですね。なぜ人間なのか。共感したいし、知りたいし、理解したい。なぜ彼女が、その人物がそういう選択をしたのか。それをジャッジすることはしたくない。

監督も、それぞれに違う人間ですからね!セルマ・ヴィルフネン(『4人の小さな大人たち』の監督)とアキではまったく違います。彼らの頭、心の中がどうなってるか、彼らのユニヴァースから生まれる物語を伝えるために何が最善かを考えます。

セルマの映画はとても会話が多いですよね。感情の表現も激しくて、常に感情が行き来している状態で。それはまるで深いプールの底に飛び込んで感情すべてを表現しきるような体験です。そうやってやっとたどり着くような役柄です。一方のアキは対照的で、内側に持っている感情は同じなのに彼らはそれを表に出しません。そこが面白くて、やりがいがあります。誰のユニヴァースかで、まったく違うんですね。私が演じることを好きなのは、監督それぞれのユニヴァースを訪れることができるからなんです。

-今後、一緒に仕事をしてみたい監督はいますか?

とくにそういう希望はなくて……いつもオープンでいるようにしています。キャリアについてはあまり考えていなくて、結果的についてくるものだと思うので。本当によい脚本があればぜひ引き受けたいですし、これをやりたいと思える人と考えをシェアできたら、引き受けたいですね。

-北欧の国々は社会的にも文化的にもコラボレーションしたり、協働する機会が多いように思いますが、映画業界もそうですか?

そうですね、映画祭ではとくに顕著です。ワークショップをしたり、経験を共有したり。コラボレーションは多いですね。監督はデンマーク人で、スウェーデン人が演じて、フィンランドが音楽……といったように。経済的にも協力することが多いですね。

-今回が初来日でしょうか。よくフィンランドと日本は似ている部分もあると言われますが、実際に訪れてみてどう感じましたか?

はい、やっと来られました。『TOVE/トーベ』公開時はパンデミックで来日をあきらめたので、今回ついに来日できてほんとうに嬉しいです!

日本とフィンランドの共通点は多いと思います。シャイであること、沈黙を楽しむこと、サウナ、それからカラオケ!これだけ離れた2つの国がそれぞれカラオケに対してすごい情熱を持っているのが面白いですよね。シャイな人々がマイクを持ったとたんに豹変して、誰か知らない人になれるみたいな感じで。

-本作でもカラオケのシーンが登場しますね。そういえば昨年のフィンランド映画祭では『カラオケパラダイス』という作品も上映されました。

あれは絶対に見るべき一本ですよ!
___________________
カウリスマキ監督のユニヴァースについて、役柄を理解し演じることについて、丁寧に真摯に語ってくれたアルマさん。『枯れ葉』が希望を感じさせる、ささやかだけれど力強い作品になっている背景をのぞけたようなインタビューとなりました。機会をくださった配給のユーロスペースさん、また今回のアルマさん来日で通訳として全面的にサポートされていた遠藤悦郎さんにこの場を借りて御礼申し上げます。


インタビュー終了後のアルマさん。手に持っているのは、前日のフィンランド独立記念日(12/6)に発売されたヒグチユウコさんの記念切手(をプレゼントしました)。

インタビュー当日の夜には、フィンランド大使館で公開記念レセプションが開催され、参事官のレーッタ・プロンタカネンさんとのミニ対談もありました。こちらでも「カウリスマキ監督と初めて会ったランチでは、森とか犬とかアスパラガスについて話した」「おでこと頬にキス、あとは握手だけのラブストーリーなんです」などユーモアを交えた答えが飛び出したほか、「監督は俳優を信じている」「間(ま)の確認だけして、ワンテイクでいく」「絵画を作っていくような感じ」と撮影時の特徴的なエピソードをお話されていました。

対談の中でとくに印象に残ったのは、本作について「81分間の安心できる場所」とコメントされていたこと。まさに!81分間が永遠に終わらないでほしいと思うような、繰り返し見たくなる本作。アルマさんのインタビューとともに、カウリスマキのユニヴァースをより楽しんでいただけたら嬉しいです。

12/12追記:この記事をアップした直後に、『枯れ葉』がゴールデングローブ賞の外国語映画賞、主演女優賞(ミュージカル&コメディ部門)の2部門でノミネートされたと嬉しいニュースが届きました!おめでとうございます!!

『枯れ葉』
監督・脚本:アキ・カウリスマキ/撮影:ティモ・サルミネン
出演:アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ

2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/ドルビー・デジタル5.1ch/DCP
フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英語題『FALLEN LEAVES』
配給:ユーロスペース 提供:ユーロスペース、キングレコード

12月15日からユーロスペースほか全国公開

渋谷のユーロスペースでは特集上映「愛すべきアキ・カウリスマキ」(2023年12月9日(土)~2024年1月12日(金)まで)も開催中。カウリスマキのユニヴァースを感じる機会、ぜひお見逃しなく