10/27公開『SISU/シス 不死身の男』-フィンランドの爺さんがナチスをボコボコにする理由


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「世界一しあわせな国フィンランドの、爆風マッド・エンターテイメント」というキャッチコピーで注目を集める映画『SISU/シス 不死身の男』。本作はあの『ジョン・ウィック』シリーズのスタジオによる作品で、ジョン・ウィックと同じく「舐めてた相手が強かった」系映画です。可愛い犬も出てくるし、主人公はどうやっても死なない。でもって口数が異常に少ない。フィンランド版ジョン・ウィックと言われるのも無理ない本作ですが、舞台は第2次世界大戦下のフィンランド。当時フィンランドが置かれていた特殊な状況を理解すると本作をより楽しめる、かもしれないので少し解説したいと思います(後半ネタバレありです)。

まずはタイトルとなっているSISUとはどういうものか、フィンランド人から受けた説明が大変にわかりやすかったのでご紹介しましょう。

「雪の日に、バスで学校へ向かっている。途中、雪がひどくなってきてバスが進まなくなってしまう。その時、バスの中で助けを待つこともできる。もしくはバスを降りて学校へ歩いて向かうことも。でもここでフィンランド人は、みんなでバスを押して学校へ向かうのだ。それがSISUだ」


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さてそんなSISUの国フィンランドは、第2次世界大戦では敗戦国となり、賠償金を負っていることをご存知でしょうか。ナチス・ドイツと戦っているのになぜ敗戦国?賠償金?と思われるでしょう。その理由はソ連。フィンランドはソ連による度重なる国土侵攻に応戦する必要があり、ナチス・ドイツとも手を組まざるを得なくなるという複雑な事情があったのです。

第2次世界大戦の開戦まもなくソ連はバルト三国を制圧、フィンランドにも侵攻し、フィンランドとソ連の間で「冬戦争」がはじまります。冬戦争で領土の一部を割譲するも独立を守ったフィンランドですが、その後ソ連とドイツの対立が深まるにつれ、フィンランドはドイツ軍の領内通行を認めることとなり、それがきっかけとなってソ連との戦争が再びはじまります。

ちなみに冬戦争で、ひとりで500名以上の敵兵士を殺したとされるのが伝説的なスナイパー、シモ・ヘイヘ(フィンランドのゴルゴ13とかいわれている)。本作の主人公アアタミも「冬戦争でひとりで300名を殺した…あの…!」と描かれていることから、ヘイヘが反映されたキャラクターなのでしょう。


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この戦争はフィンランドにとってはあくまでも対ソ連、領土回復のための戦いであって、連合国vs枢軸国の戦いとは別物。冬戦争のつづきであるので「継続戦争」と呼ばれますが、結果的にナチスと手を組む形となったためにイギリスがフィンランドに宣戦布告。結局、フィンランドの失地回復は叶わずソ連軍と休戦=連合国に対しての敗戦となり、賠償金を負うことになるのです。

また停戦にあたってソ連からは自国内にいるドイツ軍の排除を命じられ、そこでドイツ軍とも戦う羽目に。その際にラップランド地方とよばれるフィンランド北極圏の町は焦土作戦で焼き尽くされてしまいます。本作の舞台となっているのが、この時代なのです。

自国を守るためにソ連と戦わざるを得ず、さらにはドイツと戦う羽目になり、国を焼かれたあげく、賠償金を支払わされる。フィンランドの置かれた状況はめちゃくちゃに理不尽。しかし裏を返せば人口わずか500万人の北の小国が、それでも独立を保ってきたというのがすごい。

本作はジョン・ウィックに比べれば荒削りだし、ジョン・ウィックよりもさらに「んなわけ、あるかーい」な展開も多いけれど、実際にソ連、ドイツという大国に挟まれて、あげくイギリスに宣戦布告され……と四面楚歌となりながらも生き延びてきたSISUの国の話となれば、「舐めてた相手が強かった」展開にもがぜん説得力が出てくるもの。

悪役に1ミリも共感できず徹底的にやられてほしい、と観客に思わせるところもジョン・ウィック的なのであるけれど、本作でのナチスの描かれ方は特筆に値すると思います。ナチス軍、めちゃくちゃに格好悪く、下衆!まず制服の着こなしがひどい。ジャケットやコートの前がはだけてだらしないし、帽子にはドクロマークがついているし、ナチスというより悪魔信仰のダサいロックバンドみたいである。ナチス=制服かっこいい説などどこ吹く風である。台詞にしても立ち回りにしてもとにかくダサい。本作からはナチスを悪の権化というよりも、徹底して格好悪い、ダサい、情けない奴らとして描いてやろうという気概を感じます。


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謎ナチス映画といえば、ナチスの残党が月で生き延びていたという『アイアン・スカイ』もフィンランドの作品です。これはもしや、ナチスを再評価したがる人々へのフィンランド流カウンターパンチなのでは、とも思います。世界的にポピュリズムが台頭し、北欧でもネオナチの問題は根深く警鐘を鳴らす人々はいるけれど、こんな風に笑いを込めた怒りでナチスを描けるのはフィンランドだけかもしれません。

本作では爺さんの強さも、ナチスの間抜けさも、とにかくもったいぶってみせます。戦争映画でよく見るような、撃ち込まれた弾丸を自らえぐるとか、自ら傷口を縫うとか焼くとかのシーンも、やたらにもったいつけて見せます。あんまりもったいぶって見せるから、戦争映画のマチズモな部分を批判的に描いているようにも見えてくるのが面白い。

そして女性たちが唐突に格好よく描かれるのも、いい。彼女たちが立ち上がるシーンは『イングロリアス・バスターズ』のような、そうだったらよかった世界線にも見えるけれど、男女平等を着実に進めてきたSISUの国の女性たちなら戦時下でも逞しかったんだろうか、なんて思いもめぐらせたくなります。


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本作を「フィンランド版『マッドマックス 怒りのデスロード』」とするコメントも見ましたが、確かにたちあがる女性たちはワイブスのようでもあるし、鉄馬の女たちにも見える。ちなみに捕虜の女性、アイノを演じるミモサ・ヴィッラモは、日本ではフィンランド映画祭やEUフィルムデーズで公開された『アウロラ』などで注目される若手俳優(わたしの推している俳優のひとりです)。ついでに言うと、本作を「フィンランド版『RRR』だ!」と評したコメントもありましたが、確かにあのメタリカ章は、フィンランド版ナートゥといえなくもない。フィンランド人は、ヘヴィメタルが大・大・大好きなのです。

本作は基本的に笑わせ戦争映画であるけれど、燃やされたロヴァニエミの町を見て、めずらしく感情を露わにしたアアタミのシーンには胸がつまりました。もう後はない、せっぱつまったドイツ軍がフィンランド北極圏の町々を焼き尽くしたのは史実どおりだから。ロヴァニエミには同国が誇る世界的建築家アルヴァ・アアルトが設計した市庁舎や図書館、タウンホールがあり建築好きにはたまらない町なのだけれど、こうして焼け野原になってしまったためにアアルトの建築が集中的に残されることになったのだなあ……と思うと言葉がありません(アアルトの作品と人生を追う自伝的映画『アアルト』も、いまちょうど公開されているので興味のある方はぜひ合わせて観てほしい)。

本作でフィンランドの爺さんやSISU魂に魅了された方には、ぜひもうひとつのSISUな作品『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』も観てほしい。本作はフィンランドがソ連から独立して100周年となる2017年に公開された戦争映画で、タイトルどおり名もなき兵士たちが国の独立を守り抜いた、正統派SISUの映画です。

フィンランドにはこれからも定期的に、徹底的にナチスを格好悪く描いていってほしい。いまも現在進行系で理不尽な戦いを強いられる人がいる世界で、ナチス、ダメ、ゼッタイな映画を作り続けてほしい。あまり自らのことを語りたがらないといわれるフィンランド人ですが、本作で描かれているような、悪をぶちのめし笑い飛ばすSISUの精神はがんがん見せつけていってほしいものです!

『SISU/シス 不死身の男』 公式サイト
10月27日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ