10/11(金)公開。映画と小説の、ほんのわずかな視線の違い『ボーダー 二つの世界』

ボーダー 二つの世界』を見てから、これはレビューを書くのが難しい……としばらく頭を抱えてしまっておりました。ネタバレ厳禁だから、簡単には消化できない物語だから、というのももちろんあるのですが、見た後に感じた微妙な違和感が、一体どこからくるのだろうかと本気で悩んでいたのでした。

何しろ本作は『ぼくのエリ』の原作者、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる物語です。リンドクヴィストは、社会になじめない者やマイノリティの存在を書くのがうまい。それも自分の延長としてのマイノリティというよりも、「自分たちではない何か」の存在を尊重し、寄り添うかのような視点で描くのが魅力です。マイノリティとマジョリティ、あちらとこちらのどちらが正しいかと二項対立の結論に寄ってしまうことなく、社会のどこかにいるかもしれないそうした存在をただ認め、肯定する。『ぼくのエリ』はまさにそんな作品でした。

リンドクヴィストが原作と脚本も務める『ボーダー』はとにかく前評判が高くて、あのギレルモ・デル・トロが大絶賛しているし、カンヌで審査員を務めていたベニチオ・デル・トロも驚嘆したそうで、どっちのデル・トロも好きな者としては、そして何より『ぼくのエリ』が大好きな者として、やはりこの違和感の正体をつきとめたかったんですよね。

そして9月に発売された『ボーダー』の原作を含むリンドクヴィストの短編集を読みました。原作を読んで、この作品、男性は映画から、女性は小説から入るのがいいのかもしれないと思いました。

本作の主人公ティーナはスウェーデンの港の税関で、不法物を運び入れようとする人々を摘発する職員として働いています。「他人の心が読める」特殊な能力をもつティーナは、その能力を存分に発揮して見事な仕事ぶりをみせます。めっちゃ頼れる。映画版ではサイドストーリーとして痛ましい犯罪捜査が展開していくのですが、そこでもティーナは大活躍します。いくら有能でも彼女の孤独は癒やされず、職場にしか自分の存在意義が感じられる場所がない……という言ってみれば本作の肝である部分ももちろん丁寧に描かれているのですが、映画のティーナはやっぱり、どこか格好いいんですよ。

一方の小説版では、よりティーナの心情をのぞき、少女のような彼女のつぶやきを見て、よりティーナに共感することができる。女性は小説からと書いてしまったけれど、美醜によって選ばれることの悲しみを切実に想像できる人は、と言い換えてもいいかもしれない。もちろん男性にだって容姿によって差別される苦しみがあるのはわかるけれど、常に選ばれる側だった女性のそれとは、やはり性質が違うと思う。そんな男女の違いをまさに象徴するようなエピソードが原作には書かれています。ティーナの絶望を決定づける学生時代のエピソードに、「ななななんだ、そのちょっと上から目線は!??」とティーナに代わって怒りたくなってしまったのだけれど、映画を見た時の違和感は、それだ、と。ティーナや、彼女に象徴されるボーダーのあちら側にいる者への、ほんの少しだけ上からの視線。映画版に感じた違和感の正体は、きっとそれなんです。

映画のティーナの孤独感がどこか他人事のように思えたのも、異質な存在であるティーナがどこかヒーローのように仕立てられているところも、物語の結末の違いも、小説にあって映画では省かれた要素や映画にあって小説にはないストーリーなどの選び方も。同じものを描こうとしているけれど、ほんの少しだけ生じたズレ。それはもしかして男女の視点のズレによるものかもしれないと仮定したら腑に落ちたのですよね。『ボーダー』の監督は男で、比較している小説の書き手のリンドクヴィストだって男なんですけれど、ね。冒頭に書いたように、リンドクヴィストは、自分ではない者に寄り添える視線を持っているから。

こう書いてくると原作>映画のように読めてしまうかもしれないけれど、それは単に私が女だからかもしれない、というのが今の所の結論で、『ボーダー』は映画と原作の両方を見て読むべき作品なんだなと強く思ったわけです。その方が物語への理解が深まるのはもちろん、リンドクヴィストが描きたかったボーダーというテーマが、さらに際立ってくるのかもしれないな、と。

小説を読んでから、改めて映画をもう一度見たのですが、湿った北欧の森の感触、暗く沈んだ湖面や北欧の森に暮らす生き物たちなど、ダークなトーンに彩られた映像美には初見よりも引き込まれました。ヘンゼルとグレーテルが迷い込んだような暗い森は、「彼ら」にとっては安堵する場所なのだな、と。そんなことをふと思ったら最初に見た時よりもずっと、あの森が愛おしく見えてきました。

『ボーダー』の単行本には『ぼくのエリ』の2人のその後を綴った物語も掲載されているので、ぼくエリファンの方は必読ですよ!うーん、やっぱりリンドクヴィストは「自分とは異なる何か」をこの世に存在させることのできる類まれなる存在です。

『ボーダー 二つの世界』公式サイト

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