エストニア国立博物館で、編みぐるみを探せ

さてセト地方の後にやってきたのは、エストニア第二の都市タルトゥ。タルトゥは学生の町として知られ、最近では2016年に完成した国立博物館(Eesti Rahva Muuseum)が話題になっています。国家プロジェクトだったというこの国立博物館の設計を担当した一人が日本人の建築家、田根剛さんということもあって日本からの注目も俄然高まりました。

博物館があるのは、旧ソ連軍の軍用滑走路の跡地。エストニアの人々にとって負の遺産といえる場所にあえて国家と民族の歴史を伝える博物館を建てる、その斬新なアイデアは田根さんによるものだそう。この案はコンペで選ばれた後にも大変な物議を醸したそうです。そして反対意見にさらされながらも10年の月日をかけて建設された博物館は、オープンから2ヶ月半で来場者が10万人を超える快挙を成し遂げ、エストニアの「過去と未来をつなぐ」場所としてエストニアの人々が誇る博物館となりました。ちなみにタルトゥの人口が10万人、そして街の中心部からも離れている立地を考えても、この数字は驚異的といえるでしょう。

入口のガラスにはエストニアの民族衣装をモチーフにしたパターンが描かれています。

「エンカウンター」と名付けられたメインの常設展示は、時系列にエストニアの暮らしを追っていくもの。細長い展示室ははじめにSkypeの開発者が座っていた椅子(Skypeはスウェーデン人とデンマーク人がエストニアの首都タリンで開発したサービス)などIT先進国としての現代のエストニアの顔が展示されていて、進んでいくにつれ、独立を勝ちとるまでの日々、冷戦時代……と時代はさかのぼっていきます。やはりソ連時代の展示は暗さをまとい、エストニアの人々が体験した重苦しい時代の空気を感じることができます。

冷戦下の家庭の本棚。エストニア語は禁止こそされていなかったものの、ロシア語が第一言語とされたためにエストニア語の出版物も限られたそう。でもそれ故にエストニア人の国家や民族団結への意識が高まったともいいます。

贅沢品として憧れられていた芝刈り機を真似てベビーカーのハンドルとバケツ、洗濯機のモーターを組み合わせて手作りしたという代物。同じく冷戦下、物資の乏しい暮らしとその中で創意工夫してくらしていた様が想像できます。

エンカウンターの他には、民族衣装や生活道具、エストニアという国を言語から捉える展示もありました。

民族衣装の帽子。どこか北欧の北方民族サーミの伝統服とも似ています。

エストニア語が属するウラル語族のツリー。「水」を、ウラル語族内のそれぞれの言語でどう言うかが表示されています。エストニア語で水はvesi。フィンランドやサーミの言語も同じウラル語族に属し、フィンランド語でも水はvesiなんですね。

こちらは「目」。水や目を表現するイラストも一緒に展示されるのが面白い。言葉がわからなくても、なんとなく伝わります。

ヘルメットと服。エストニア人も自国の国旗色が大好き族に属します(北欧5か国みんなここに属します)。

丸一日かけて見ても良いくらいの展示内容を前に、私達に許された滞在時間は1時間ちょっと。うち1時間は博物館の方による案内とともに駆け足で全貌を見てまわりました。民族衣装をもっと見たい、エンカウンターをもう少し行きつ戻りつ見たいようと後ろ髪をひかれつつ、残り20分ほどの自由時間に私が目指したのは、アヌ・ラウドの特別展でした。

アヌ・ラウドはエストニアを代表するテキスタイルアーティスト。今回のエストニア行きが決まっていろいろと調べるうち、現地でぜひ見たいと思ったのが彼女の作品でした。作品が見られる場所といえばガイドブックで紹介されているのは彼女が暮らすヘイムタリというセトからさらに足を伸ばした町にある美術館(アヌ・ラウドによるハンドクラフトのコレクションと作品を展示しているそう)の情報しか見つけられず、今回はそこは行けないしなあ……と半ばあきらめつつあったところ、なんとちょうど来訪時に来訪予定の博物館で特別展をやっている!1968年から2018年までの50のタペストリー作品を展示!!プライベートコレクションも含む!!!……ウオー!とかなり盛り上がっていたのですが、自由時間20分。走れ私!

アヌ・ラウドの75歳を祝って企画されたという本展。2018年はエストニア建国100周年にあたる年でもあり、特別展は『Landscapes of My Fatherland(祖国の風景)』と名付けられていました。

近くでじっと見る。

右に見えるのが特別展のタイトルと同名の作品『Landscapes of My Fatherland』。

鳥に見立てた靴下は『Independent』という作品。エストニアの国旗色、青、黒、白で作られています。

羽ばたく鳥に見立てた手袋もエストニアの色。

2018年の作品『Tower』。長細い塔の上には、エストニア国旗。

一番右の『Bird song』と名付けられた作品には、エストニアの代表的な民族衣装の赤いスカートをまとった人々と、木々の上にとまっている鳥たちが印象的。

見ているだけで気持ちが穏やかに、明るくなります。残り2分、ギョエー!みたいな状況でも思わず足が止まり、静かでやわらかな時間に包まれてしまう。

ひとつひとつじっくり見たいものの、駆け足でもやっぱり全部見たい!となかばパニック状態になりながらも実物を見ることができて本当によかった……。穏やかに心を明るく照らしてくれる色合わせ、自然とハンドクラフトと暮らしをつないで紡ぐ想像力の豊かさ、面白さ。ガラスの向こうには滑走路だった土地が広がり、まさに冷戦下の厳しい時代にもこうした作品が生まれていたのだと思うと涙が出ました。ここの博物館でエストニアの歴史とともにアヌ・ラウドの世界を見ることができて良かった。

えー、じつは白状しますと、本展を見る時間は20分もなかったのですよね。というのは、まず一番にミュージアムショップへと走ったからなのです。私が最初にアヌ・ラウドに興味を持つきっかけとなったのが、猫の編みぐるみ。バルト三国でを旅していた編み物作家のしずく堂さんにおすすめを聞いたところ、「エストニアならアヌさんの編みぐるみが可愛いですよ」と写真を送ってくれたのです。それは以前、旅博のエストニアブースや、エストニアのガイド本などでも目にして気になっていた猫。よくよく調べると編みぐるみ作品はアヌ・ラウドと、パペット作家のアヌ・コットリのユニット「アヌ&アヌ」がデザインを手がけているとのこと。その編みぐるみが!ミュージアムショップで販売している!!と知り、自由時間スタートとともにまずはミュージアムショップへと静かにダッシュしたのでした。

ミュージアムショップは入口すぐ。アヌ・ラウドの展示はエンカウンターの先にある一番奥の展示室。いや〜長い長いこの国立博物館を走った走った。ショップにて猫は既に完売でしたが、犬がいた!ラスト2匹を捕獲!!じゃなくて確保!

ああ、可愛い……。あああ、なんて可愛い。世界中にチャーミングな編みぐるみは数あれど、こんなに心惹かれた編みぐるみはこれが初めて。何でしょうね、この愛らしさとおかしみは。ハムのようにぴちぴちの胴体(シッポまでアンコつまってます)に編み込まれた模様がまた可愛い。

ということで、自由時間20分で他のプレスのみなさんは当然、建築自体が見ものである博物館の外観を撮影されていましたが、私だけはエンカウンターを走って往復していたという。

建築全貌が撮れなかったので館内にあった模型をご参考までに。右手奥に見えるのが全長355メートルの博物館。ちなみにエンカウンターの展示室は126メートル(よく走りました……)。黒く見えるのは湖(池?)で一部、水の上をまたいで建てられています。

こうして見るとよくわかるのですが、入口から奥に向かって、天井がどんどん低くなっていくんですね。逆側から見ると、まさに滑走路から未来へ向かって飛び立っていきそう。そうか、エンカウンターが現在から始まるのは、そういうことだったのだなと気づいてまた胸が熱くなる。

後で知ったのですが、常設で展示されているアヌ・ラウド作品もあるとのこと(国立博物館ですもんねえ)、来館される際はぜひ合わせてのご鑑賞をおすすめします!

『Landscapes of My Fatherland』の記念カードセット。左下が『Landscapes of My Fatherland』と題された作品。上にある手袋とミトンの木のカードは単体で購入しました。

おまけ。博物館近くにある逆さまの家。エストニア料理やさんのケイコさんに面白いですよーと教えてもらっていたのですが遠くから外観を撮るのみ。内装も全部ひっくり返っているらしく、インテリアもエストニアの一般家庭の雰囲気と聞いていたので中まで見てみたかったのですが……ここの博物館はまたぜひゆっくりと来てみたいので次回こそは!

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