8/5公開。守られる側だった小さな存在が輝く時『きっと、いい日が待っている』


映画を見る前は、このタイトルがなかなか覚えられなかったのです。「明日はきっと、いい日」だっけ?「きっと、みんな大丈夫」だったっけ?など適当なことを言っていたのですが、映画を観終えてみると、なんてぴったりのタイトルなんだ!としっくりきました。
本作を見てまず思い出したのは、2012年に公開されたノルウェー映画『孤島の王』です。ノルウェーはバストイ島の少年矯正施設で行われていた児童虐待を扱った映画で、無慈悲な校長や迎合する大人たちの姿、少年たちへの理不尽な暴力、未来をあきらめない少年たちの志など、テーマも描写も本作とは共通する部分がとても多い作品です。ちなみに『孤島の王』では院長をスウェーデンのステラン・スカルスガルドが演じ、本作ではデンマークのラース・ミケルセンが演じるという、それぞれ北欧を代表する怪優が映画をひきしめているのも似ています。しかし『孤島の王』は1915年の話でノルウェーがまだ貧しく、国として発展途上だった時代のこと。一方『きっと、いい日が待っている』は1960年代後半のデンマークが舞台であることに驚きます。1960年代といえば戦後の混乱も落ち着いて、デンマークデザインが黄金期を迎え、デンマークが美しく豊かになっていく時代ではないですか。
今やデンマークといえば、しあわせの国、子育てしやすい国としても知られ、児童福祉は手厚い国です。子どもへの体罰も法律で禁止されています。この映画の題材となった事件は、2000年代になって明るみに出たそう。北欧のすごいな〜と思う点は、そうしたいわゆる黒歴史が明るみに出た場合、それを積極的に映画にしたり、社会が取り上げる姿勢です。過ちを認めて向き合う。それができるからこその、しあわせの国なのかなあといつも思うのです。
この映画にはさまざまな形で子どもの期待を裏切る大人が登場します。自分の信念を貫くため子ども達に犠牲を強いる者。承認欲求を満たすために平気で暴力をふるう者。見て見ぬふりをするもの。おぞましい欲望を子どもにぶつけるもの。約束を守れないもの。もちろんミケルセン演じる校長は恐ろしい暴君で、本作における悪の象徴といってもいい存在ですが、味方と思われたはずの理解してくれたはずの大人たちが子どもたちの手をふっと放してしまう、それがまた恐ろしいのです。ほんの少しの裏切りが幾重にも重なって弱い者にしわ寄せがいく様は、ヘタなホラーよりもよっぽど現実味を帯びた恐ろしさがある。そして、あの大人たちが少しずつでも踏みとどまれたなら、と思うのです。
悲しく恐ろしい時間の中で輝く才能を開花させ、灰色に見えた人生をとんでもない結末へと導いていくのは主人公である兄弟の弟、エルマーです。エルマーは足が悪く、施設に入る前からずっと兄に守られてきた弱者の象徴のような存在です。か弱いエルマーが大人たちに目をつけられ、ひどい仕打ちをうけるシーンは残酷で悲しみより怒りがこみあげてくるほど。でもそんなエルマーが才能を発揮する時、思いがけない力強さを見せるのです。小さなエルマーが手紙を読み上げ、兄や仲間たちに力を与えるシーンは言葉の力を信じる人にとって永遠のベストシーンとして胸に残るのではないかと思います。
ずっと守られる側だったエルマーが立ち上がる時、その無鉄砲さに、その大胆さに唖然とします。そして大冒険劇を見るような興奮に包まれます。あれほどの大胆な決断ができたのは、彼がずっと守られてきたからなのかもしれません。エリックには思いつかないような無謀で破茶目茶なアイデア。それはおそらくエルマーが生まれてからずっと彼を守り、大人たちが裏切りを重ねても彼を庇い、自分だけなら逃げられるのに決して弟を見捨てずに守り続けてきたエリックがいたからこそ生まれたのだと思うのです。エルマーの中には夢見る力、挑戦する力が温存されていた。兄弟2人がいたからこそ、たどり着いた結末は見事で痛快で、『きっと、いい日が待っている』というタイトルが深く胸にささるのです。
ちなみに本作ではやはり随所にザ・北欧インテリアが登場します。エリックとエルマーの家はおそらく当時のデンマーク的には慎ましやかな暮らしなのだろうけれど……2人のお母さんが困窮しているというのに不謹慎にもああやっぱりデンマークの家は可愛い、素敵だと思いながら見ていました。そしてエリックとエルマーの未来の鍵を握る児童福祉局のオフィス!あの壁!扉!家具!これぞデンマーク。最高に美しい空間が、普通にお役所で使われている国。すごい。
エリック、エルマー、そして他にも多くの子ども達が苦しんだ時代から比べれば、今のデンマークは大きく変化しています。でもこの国にはもっといい日が待っているかもしれない。『きっと、いい日が待っている』はデンマークのアカデミー賞といわれるロバートアワード6部門を受賞。この作品が高く評価されるということは、きっと、もっといい日が待っているに違いないと思うのです。

今回、映画のチラシに感想コメントを寄稿させていただきました。ふと見ると、寄稿の名前がすごい豪華!坂上忍、萬田久子、鳥越俊太郎、綾戸智恵、でんじろう先生……そして吉田兄弟!まえだまえだの前田航基も!綾戸智絵さん、さすがのおもしろコメントです。
『きっと、いい日が待っている』公式サイト