ノルウェー映画『イノセンツ』-超能力を手にした子どもより怖いもの

ノルウェー映画『イノセンツ』を観ました。こんなに怖くて、悲しい映画があるだろうか。

子どもが超能力を手にしたら、コントロールのきかない存在がとんでもない力を手にしたら……本作は大友克洋の『童夢』の設定をそのまま受け継ぐ作品であり、どのくらい童夢かといえば、ものすごく童夢であり、まんま童夢やんけ、なシーンもあって思わず「えっちゃん、がんばれーー!!」と叫びたくなるくらいなのですが、同時にいまの北欧が抱える暗い側面も描かれています。

物語の主軸となる4名の子どもたちの演技が凄まじく(なんと4人全員がノルウェーのアカデミー賞にあたるアマンダ賞で最優秀主演賞にノミネートされるという快挙!)、社会とつながれない子ども達、予測のつかない子ども達、先が読めなくて怖すぎる子ども達……!と子ども力全開で最後まで息をつかせぬ展開を見せます。さらにホラーってやっぱり音が命だなと再認識させる素晴らしい音響で、劇場で見ること必至な作品となっています。随所で描かれるノルウェー社会のひずみは作品に影を落とし、考えさせるきっかけともなる良作だと思う反面、ちょっとひっかかる描写もありました。

監督いわく「演技力で選んだらこうなった」という4名の子どものうち、2名がノルウェー以外にルーツをもつ移民の俳優です。超能力を手にしてモンスター的に暴走し、ノルウェーのえっちゃんことアナが対決することになる少年ベン役を演じるサム・アシュラフは、お父さんがインド系でお母さんがペルシャ系。鬼気迫る演技を見せるのですが、それを監督が「イメージ通り」と言ってしまうことに正直、危うさを感じます。

ちょっと話が逸れますが、公式サイトでも大きく記されているように本作のエスキル・フォクト監督は、昨年日本でも大ヒットしたノルウェー映画『わたしは最悪。』で脚本を務めています。『わたしは最悪。』は首都オスロに暮らす、自分探しをする、いまどきの女性を描いた話なのですが、そのわりにまったく移民が出てこないという指摘がありました。その指摘は鋭くて、確かにいまのオスロを歩いていて、移民が目に入らないというのはありえない。とくに『わたしは最悪。』の主人公ユリヤは医師になろうとしたり、小説を書いてみたり、ひとつところに収まれず自分が何をしたいのかわからない人物なので、いろんな分野に顔を出すのだけど、その交友範囲に移民らしき人々が見当たらないというのは結構不自然で、製作側にそもそも見えてないのでは、とも思えます。

一方の本作では、肌の色が違って、ひと目で移民だとされる怖そうな顔つきをした男の子が、自分を制御できないモンスターとなっていくのをイメージ通りとして描いてしまう。大人にわかってもらえない子ども達の、4者4様の言葉にならない叫びはそれぞれに悲痛で比較できるものではないけれど、子ども達の置かれた環境の格差が子ども達の未来に直結していて、それでも物語的にはメデタシメデタシとなってしまう……それって救いがなさすぎるのではなかろうか。救いがないのは北欧映画の常だけれど、本作においてはその救いのなさを監督がどのくらい意識しているのだろう、と思わずにいられない。

移民でシングルマザーのアイシャの家、おそらく移民であろう父親から母親が虐待を受け、それが子どもにも向けられてきた形跡のあるベンの家。アイシャの母について「あの人は病気だったんだよ」とあっさり言い捨てるアナとイーダの父が、家庭では育児にもわりと協力的で、男女平等には意識があっても移民の置かれた状況には無理解というのはすごくリアルに思えて、あっけないシーンながらとても恐ろしかった。北欧といえば福祉が充実しているイメージがあるけれど、アイシャの母もベンの母も完全に取りこぼされて福祉とつながれなかった存在として描かれていて、その悲劇をそのまんま子ども達が背負っているのが本当に悲しい。

いま北欧全般で右派が台頭して、移民への締め付けや理不尽な政策が進められるなかで、本作がエンタメ的に消費され、うっすらと偏見を助長するような作品になってしまっていたら恐ろしいな、と思う。モンスターを倒すのが白人の姉妹で、しかも本当に強いのは障害児である姉のアナで、これはピュアな存在として描かれてしまう障害者表象というやつではないのかな、とも思う。ちょっとその辺り、監督自身がイノセンツなのか?と思ってしまう。

ちなみに監督は「(童夢にインスパイアされたのが)日本ではバレちゃいましたね」と話していて、バレるとかそういうレベルではないだろ、とツッコミたくなったので本当にイノセンツ系な人なのかもしれない。

……だいぶ毒づいてしまったけど、映画として本当に面白い作品なんですよ。それだけに、すーっと人々の意識にモンスターの形を刷り込んでしまっているようで恐ろしかった。監督がどこまで狙っていて、どこまで無意識なのかインタビューなどを読む限りはわからなかったので、せめてこの違和感を残しておきたく。

『イノセンツ』公式サイト

1件の返信

  1. 2023年12月31日

    […] る「問題提起をしているつもりが、結局、差別を助長してませんかね」というモヤモヤ感も抱いてしまったので(モヤモヤについてはこちらに書きました)ベストには入れませんでした。 […]